第1期対談第8回 前受金ビジネスを再考する

2015.08.15

業界展望

admin

「エステティック業界において、問題を引き起こす最大の種となるのは前受金。今後は都度払い制に移行するはずです」と予想する、美容経済新聞論説委員 野嶋朗氏。前受金なしに顧客を確保するにはどうすればいいのか。美容経済新聞編集長 花上哲太郎がインタビューを行った。

前受金のために、業界全体がクローズなイメージに
今後は既存の事業者にとって外的圧力も

花上:野嶋さんは以前から、前受金の慣習から離れ、都度払い制に移るのではと予想していらっしゃいます。

野嶋:前受金にも意義はあると思います。一定のゴールを目指し、効果的に成果を出す。エステティック業には向いているシステムなのです。一方で、コースの説明や目標到達までの道のりへの説得力が現場において欠落してしまう、“まずは契約させよう”という、営業姿勢を優先した対応が目立つ、概要書面の公布など手続きの煩雑さがトラブルを起こす……こうしたことが原因となり、業界そのものが閉鎖的に見られてしまう原因となっているように思います。

花上:人間は弱いものなので、ゴールに到達する前に挫折してしまうことが多い。さらに、事業者側が預かり金に手をつけてしまうというケースもありました。

野嶋:前受金のシステムが公正に行われていれば、もっと消費者に利益があったのだと思います。しかし、このシステムが行き詰まってしまった現在、後戻りするのは難しい。ディスカウントなど無理なキャンペーンを実施しても、お店にも顧客にもメリットはあまりないでしょう。

花上:しかも、既存の事業者には逆風が吹いています。

野嶋:機器の進化や新メニューの開発により、ホームケア市場の拡大、異業種の参入という二つの外的圧力にさらされます。この二つに立ち向かうためには、(1)店舗ビジネスでしか得られない体験的価値の創出、(2)都度払いを前提としたサービスマネジメントの深化が必要になると考えています。

「真実の瞬間」を探り
お客さまを「顧客」にする

花上:店舗ビジネスでしか得られない体験的価値の創出とは何でしょうか。

野嶋:まず、(1)勇気づけです。アドラー心理学の流行に表れているように、スタッフからの勇気づけや励ましといった要素は、現在の顧客層の世代に合っているように思います。自信にもつながるからです。次に、(2)成果の喜び化。一定の目標を達成した時に、スタッフも一緒になって成果を喜ぶ。喜びという感情を共有するのです。(3)体感的な実感は、顧客が直接見て感じること、わかること。オンラインビジネスでは真似できません。(4)専門的な知識からくるインパクト。これは、スタッフが身につけてきた知識、培ってきた経験から、顧客一人ひとりに合わせて的確なアドバイスを提供するというのが代表的な例でしょう。(5)コミュニケーションによる安心感、(6)空間的な居心地のよさ、(7)効果実感とリアリティ。店舗ビジネスにおいては、これらすべての要素を満たす必要があるのです。どれかひとつ欠けてしまったら、“ホームケア製品を使って、自宅でやってしまえばいいか”となってしまう。

花上:エステティシャンを「先生」と呼び、サロンを「お教室」としているお店もありますね。これも一つの戦略かと思います。

野嶋:シュミレーターがいくら進化しても、自動車学校やパイロット養成校での実技というのはなくなりません。「お店だけでしかできないこと」と顧客が考えているものを的確に捉え、提供していかなくてはいけないのです。

花上:都度払いを前提としたサービスマネジメントの深化とは。

野嶋:一言でいうと、顧客化戦略です。これまで一度契約すれば足を運んできてくれたお客さまを、都度払いに移行した時に、いかに“次回も来よう”と思わせることができるか。初回来店のお客さまを母集団として、どの程度の割合を“顧客”とできるのか。“ごひいき”に育て上げることができるのか、ということです。

花上:これまでエステティックサロンが、あまり努力していなかった部分かもしれません。

野嶋:エアラインなどでは徹底的に研究されています。例えば、スカンジナビア航空のヤンカールセンが提唱した、サービスマネジメントのフレーム「MOT(Moments of truth)サイクル」。顧客が訪れた時の最初の15秒間で、次に来店してくれるのか、リピートはもうしないのかが決まるというものです。店舗ビジネスにおいては、接客だけでなくお店全体の印象もあるでしょう。リクルートライフスタイル ビューティ総研「エステティックMOT調査」(2013年6月実査)では、「リピートを決めた瞬間」は「サロンに行く」が15.3%、「カウンセリング、施術方向性決定」が20.7%と、施術に入る前に勝負が決まっていることがわかります。

花上:いくら施術の内容ばかり高めても、リピートにはつながらないということなのですね。

野嶋:同総研による「エステカスタマー調査」(2013年12月)では、フェイシャルの未経験者が63.8%、痩身の未経験者は74.3%、脱毛の未経験者は68.4%と、エステティックを体験したことがない人がとても多いのです。この層をいかに取り入れるかが、今後のビジネスを左右します。

花上:エステティックは大きな舵取りを迫られています。

野嶋:現在の景況感は悪くありません。今のうちに、店舗のサービスレベルを高め、エステティック未経験のお客さまにも来店してもらえるよう、これまでのビジネスから脱却することが必要になっていると思います。

 

▼この企画について
美容経済新聞では、サロン経営に携わる方に役立つ情報を常にお届けしています。2015年は、論説委員である野嶋朗氏を迎え、今後の市場の変化にいかに対応していくべきか、ヒントを探って参ります。

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