【連載】化粧品・美容関連ベンチャーの考証⑤政府系VC、ベンチャーへの投資をリード

2017.03.10

特集

編集部

約10年間(1989年から1999年)にわたって続いたバブル景気で、余剰資金を手にした銀行、保険、証券などが系列のVCを相次いで設立。また、泡銭を手にした個人投資家も含めて高度な技術力を持つベンチャー企業や創業まもない起業家などを発掘して投資を振り向けた。

こうしたバブル経済の中、民間VCや個人投資家がベンチャー投資を活発化させた要因は、通産省と中小企業庁が1989年に「我が国経済の活力を維持するためには、新しい商品やサービスを提供する新規事業を活発に実施して行くことが不可欠」と強調。そのための法律として「新規事業法」を施行し、ベンチャーへの金融支援に打って出た。債務保証と出資は、特別認可法人「産業基盤整備基金」(*注釈)や1990年に設立した「株式会社新規事業投資」が担った。

通産省、中小企業庁の新規事業法によるベンチャー支援制度は、独創的な技術や新製品を開発または事業化を計画するベンチャー企業に対して「新規事業実施計画」を作成させ、全国8ヵ所の通産局に申請して審査を行い認定(お墨付き)するもの。

同計画の認定審査基準は
①研究開発中又は開発済みの技術、製品の新規性、独創性及び技術の深度、ビヘイビア(技術の影響と効果)
②開発した製品の市場規模やライバル企業に与える影響、波及効果
③事業化に伴う収益性、成長性、発展性
④研究開発、事業化等に関わる資金計画
⑤特許取得の有無
など、主に5つの点について評価を行い、認定(お墨付き)を与えたうえで、通産大臣が認定する仕組み。

新規事業実施計画の認定を受けたベンチャー企業は、研究開発費の3分の2を補助される。同時に、研究開発や事業化などの資金を調達するために発行する社債や借入について産業基盤整備基金」からの出資、債務保証、利子補給及び当時の政府系金融機関「国民金融公庫」、「商工中金」、「中小企業金融公庫」からの新事業育成貸付や政府系VC「中小投資育成」と「㈱新規事業投資」の投資による金融支援を行った。

このように政府がお墨付きを与える研究開発計画に関する認定や補助金交付、投資などの金融支援は、新規事業法によって一応、骨格が体系づけられたと言える。

ベンチャーへの金融支援を柱とした新規事業法によるベンチャー金融支援策は、ドル高是正による為替市場への協調介入を決めた1985年のプラザ合意後の円高不況とも重なって、民間VCの投資意欲を掻き立てたが投資実態は継続性に欠けた。

その反面、投資資金が潤沢で安定している政府系VCの中小投資育成と株式会社新規事業投資だけは、投資の継続性を図り投資実績を確実に伸ばした。

中小投資育成による中小・ベンチャーへの投資実績は、1970年3月末で投資先社数153社(投資残高46億円)、1980年3月末257社(同105億円)、1990年3月末478社(同224億円)にのぼるなど、国内投資全体をリードした。

この政府主導による金融支援がズバリ的中して舞台で踊ったのは、経産省の官僚達。当時、通産省で中小・ベンチャー企業の新規事業を担当していた課長は、「今日1日で政府系VCと投資契約を交わしたのは、20社にのぼる。それも補助制度の新規事業実施計画を認定されたベンチャーが多い」と自らの政策を鼓舞した。

こうした中で制度品の改定が打ち出され、全ての化粧品の再販制度を撤廃(1997年)した。また、大手化粧品各社が百貨店向けブランドの新商品を投入するなど高級路線による量的競争を展開する状況にあった。

*注釈

産業基盤整備基金
昭和61年(1986年)に、当時の大蔵省と通産省が共菅する特殊法人として設立。設立目的は、民間企業による特定産業施設の整備を促進するために必要な資金の借り入れによる借金、負債を保証する狙い。
2004年に同基金は、中小企業総合事業団(1980年設立)と地域振興整備公団(1974年)に前身の産炭地域振興事業団を改組)の2特殊法人とともに、現在の独立行政法人中小企業基盤整備機構に統合された

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