ウェルネス施設の運営はうまく回っていると感じているものの、実際にどれだけ収益を生んでいるのかを把握できていないといった状況はないでしょうか。あるいは、収益性に問題があるのではと直感していながら、その根拠を明確な数値で示せずにいるというケースも少なくありません。そのようなときこそ、これまでウェルネス施設の現場にはなかなか入り込めなかった経営管理を取り入れるべきタイミングです。
経営管理とは、企業や部門(ウェルネス部門など)において、経済パフォーマンスを継続的に把握し、数値にもとづいて戦略的な意思決定を可能にする分析・マネジメントの方法です。
具体的には以下のような取り組みが含まれます。
- 売上や各種コスト、稼働率、顧客単価など主要指標の収集と分析
- 設定した目標や過去実績との比較による乖離の特定
- 収益性向上または業務上の問題解消に向けた改善策の提案
具体的に言うと、ホテル内のウェルネス部門の責任者として、毎月末に財務部門から数値の提出を求められるのはまさにこのためです。その作業の意義が自分にとってどこにあるのか分からないという方もいるかもしれませんが、その点について説明します。
美容関連部門だけが数値管理から取り残される構造的背景

これは私が支援する施設で繰り返し見られる傾向です。宿泊、レストラン、会議・イベントといったホテル内のほかの部門は、成果が丁寧に追跡されている一方で、ウェルネス部門はしばしば「見落とされた領域」となっています。
その背景には以下のような要因があります。
- ウェルネス分野は歴史的に数値管理への志向が弱い文化がある
- ウェルネス側で、適切なパフォーマンス指標に関する理解が不足している
- そして何より、ウェルネス部門とホテル全体との隔たりが大きすぎる
その結果として、意思決定は感覚に頼りがちになり、しっかりとした分析にもとづく判断が行われていません。
財務部門との連携で採算性を高める
営業時間や提供メニューを勘に頼って変更したり、人員を増やす・削減する判断を見通しのないまま行うことがあります。その結果、「ウェルネス部門は利益が出ない」という結論に至りがちですが、これは事実ではありません。実際に、先週の会話でも、ホテル業界で経験豊富な財務ディレクターが同じ言葉を口にしました。だからこそ、ホテルの財務担当者とウェルネス部門との間に健全な関係性を再構築することが急務なのです。
誤解しないでいただきたいのは、財務責任者がそのように言ったからといって、それが真実だという意味ではないということです。これは単に、ウェルネス部門のビジネスモデルが宿泊部門とは異なることを示しているに過ぎず、その違いを丁寧に説明することでこの先入観から抜け出すことが重要であるということです。
数値管理でウェルネス運営を戦略資産へ転換する

よく誤解されがちですが、経営管理は「コスト削減のためだけの仕組み」ではありません。むしろ各部門の数値を分析することで、その事業がどのように機能しているのかを正しく理解し、販売の最適化、計画の精度向上、意思決定の改善につなげることを目的としています。
彼らは職種を問わず、数値、比率、収益性を扱う専門家です。そのためには、ウェルネス施設の日々の運用がどのように行われているのか、提供価格はどう設定されているのか、消耗材や設備投資の実態はどうかといった情報を正しく理解する必要があります。
こうした「ビジネスとしての処方箋」をウェルネス部門に適用することで、財務分析のノウハウをそのまま享受できるようになります。そして現在のように競争環境が厳しく、ホテル経営に求められる資本効率が一段と高まる状況では、このアプローチが欠かせません。
財務部門との連携がもたらす具体的な成果

まずは、正確で意味のある指標を整備することが可能になります。
- 施術室稼働率
- 1名あたりの平均購入額
- 従業時間1時間あたり売上
- 宿泊客と外部来訪客の比率
- 施術売上/物販/メンバーシップの売上構成比
ゼネラルマネージャーに「通じる」診断を提示する
これは、ウェルネス部門と経営管理との連携によって得られる最大の成果と言えます。なぜなら、ウェルネス部門とは異なり、財務部門が発する言葉は経営陣に届きやすいからです。もしあなたが経営管理側に対して正確な数値と、ウェルネス施設における収益の成り立ちを明確に説明したうえで共有できれば、彼らはその内容をもとにレポート作成を支援してくれます。それにより、ウェルネス部門が十分に経済的意義を持ち得ることを証明する資料が整います。
こうしてウェルネス部門の分析プロセスに経営管理を組み込むことで、経営会議の場であなた自身が意思決定を主張し、相手が理解できる言語で根拠を提示できるようになります。その結果、部門責任者としての立場と発言力を実質的に獲得できるようになります。
財務部門がなくても始められるウェルネス運営の数値管理
専用の財務部門を持たないホテル施設であっても、この取り組みを始めることは可能です。以下にいくつかの実践方法を紹介します。経営管理の導入によって、経営会議の場で自分の判断を正当に主張できるようになります。
チーム間の距離を縮める
ウェルネス部門が孤立した存在であってはなりません。責任者の立場として、必要に応じて管理担当者を交えて経営陣と同じテーブルで議論する機会を自ら提案してください。プロのコントローラーが行うような高度な分析までは求めずとも、最低限の管理の型を共有し、ウェルネス部門をビジネス議論の対象領域に組み込む第一歩になります。
経営の基礎を学ぶ
多くのウェルネス部門の責任者は、施術分野の第一線でキャリアを始めた技術者としては非常に優秀である一方、損益計算書の読み方や損益分岐点計算、Excelの活用、国に納付する間接税の扱いといった基礎教育を受けていないケースが多く見られます。固定費・変動費・粗利・損益分岐点といった基礎的概念を理解するだけで状況は大きく変わります。社内もしくは外部研修のいずれであっても、経営陣または人事部門に相談し、学ぶ機会を確保してください。
シンプルで視覚的なダッシュボードをつくる
複雑なシステムは不要です。まずはExcelで十分です。 毎週または毎月更新しやすく、計算ミスが発生しにくい、明確な指標をいくつか設定するだけで気づきが生まれ、行動につながります。
専任不在でも外部知見を活用して経営管理を始める方法
理想的には外部の専門家に助言を求め、膨大なスライドをつくることではなく手法そのものを学ぶことです。
- 自施設の規模・人員・価格体系に適した指標の特定
- 現場の印象論に偏らない中立的な診断
- チームで使い続けられるシンプルな管理ツールの構築
それらによって得られるものは何でしょうか。
- 強みと弱みを可視化できる
- 経営陣や投資家との対話に使える実証的な材料が手に入る
- そして何より、ウェルネス部門を実体を伴う一つの事業単位として再認識できる
これまで述べたように、経営管理とは月末に在庫集計と同時に面倒な数値を入力する作業のことではありません。むしろ、それはウェルネス部門にホテル内で然るべき位置づけを取り戻すための手段であり、価値を生み出す戦略部門として厳密な管理と高い志で運営すべき存在へと引き上げる営みです。言い換えるなら、感覚に依存したウェルネス運営から、実務に裏打ちされたウェルネス運営へと移行するための手段です。
