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美容AIの主戦場は「売場」から「研究室」へ――化粧品原料開発を変革する「分子生成AI」と脱・動物実験の最前線


【💡3分でわかる本記事の要点】

  • 美容AIの主戦場: 美容AIの主戦場はR&Dへ移行し、脱・動物実験と成分開発の効率化を同時に実現。
  • 資生堂のAI-QSAR: 資生堂はAI-QSARを活用し、従来1〜2ヶ月かかった原料の生分解性評価を即時化。
  • 花王のMI技術: 花王はマテリアルズ・インフォマティクスにより、最適な化粧品処方を高速シミュレーションを実施。
  • 開発サイクルの短縮: AI技術の導入により、化粧品開発サイクルは数年から数ヶ月へと劇的に短縮。

美容AIの主戦場は「売場」から「研究室」へ

近年、美容業界におけるAIの活用は目覚ましい進歩を遂げています。少し前まで美容AIといえば、スマートフォンを通じた肌診断アプリや、バーチャルメイクによる擬似的なタッチアップ、顧客の肌質に合わせたパーソナライズ提案など、主に「店頭・EC向け」の顧客接点におけるサービス向上を目的とするものが主流でした。消費者にとってこれらはすでに身近な存在となり、各ブランドも一通りの導入を終え、サービスとして成熟しつつあります。

しかし現在、化粧品業界におけるAI活用の主戦場は、接客やプロモーションといった川下の領域から、メーカーの競争力の根幹たる「原料・成分開発(R&D)」という川上の領域へと急速に移行しています。その背景にあるのは、コスメ業界全体が直面している「開発コストの高騰」と「新成分発見の難易度上昇」という大きな壁です。

これまで、革新的なアンチエイジング成分や、独自の高機能な保湿成分など、化粧品の競争力を決定づける「新成分」の探索には、研究者の長年の勘と経験、そして膨大な時間とコストをかけた「試行錯誤」が不可欠でした。しかし、市場が成熟し、既存の成分の組み合わせだけでは他社との圧倒的な差別化が難しくなるなか、画期的な新成分をゼロから生み出す難易度は年々上がっています。研究開発費が経営を圧迫するなか、いかに効率的かつスピーディーに次世代の成分を創出するかが、化粧品メーカーの生き残りを懸けた最重要課題となっているのです。

そこで現在、飛躍的な進化を遂げる「分子生成AI」をはじめとするマテリアルズ・インフォマティクス(MI)技術が、この限界を突破する切り札として大きな注目を集めています。

世界的な「脱・動物実験」と安全評価の難題

化粧品開発のAI化を強烈に後押ししているもう一つの重要な要因が、グローバルで加速する「脱・動物実験(クルエルティフリー)」の潮流と、それに伴う法規制です。

歴史的に、化粧品の新成分開発においては、安全性を確認するために動物を用いて評価が行われてきました。しかし、動物愛護や動物福祉の観点からこれを廃止する動きが世界中で高まり、欧州連合では2009年から動物実験を利用した化粧品の段階的な販売規制が始まり、2013年には完全に禁止されるに至りました。現在では欧米のみならず、世界各国の主要マーケットにおいて、動物実験を伴う化粧品の販売は法的に厳しく制限されるか、禁止される方向へと向かっています。

これにより、化粧品メーカーは動物実験に頼らない「代替法」での安全性評価を余儀なくされました。代替法としては、動物の細胞などを培養してテストする「in vitro(試験管内)試験」が存在しますが、これらも高度な技術と多大なコスト、そして時間を要します。そこで近年、最も重要視されているのが、コンピューター上のシミュレーションや機械学習によって毒性や安全性を予測する「in silico(コンピューター内)評価」です。

新しい成分を一つ開発する際、それが人間の肌に刺激を与えないか、アレルギーを引き起こさないか、さらには環境中に排出された際に自然界で分解されるかなど、クリアすべき指標は多岐にわたります。動物実験が使えない状況下で、これらの安全性を厳格に担保しつつ、いかに開発スピードを落とさずに新成分を世に届けるか。この「安全性」と「スピード」のジレンマが、開発現場に重くのしかかっていました。

そこで白羽の矢が立ったのが、AIによる高度な予測・評価技術です。AIを活用すれば、成分の化学構造式などのデータを読み込ませるだけで、過去の膨大なデータや分子構造のパターンから、その成分が安全かどうかを一瞬で予測できます。脱・動物実験と安全性評価の厳格化という難題をクリアするためには、AIの導入が「選択肢」から「必須条件」へと変わったと言えるでしょう。

【事例】「分子生成AI」と「マテリアルズ・インフォマティクス」

実際に、国内の大手化粧品メーカーはすでにAI技術をR&Dの最前線に組み込み、驚異的な成果を上げ始めています。ここでは業界を牽引する「資生堂」と「花王」の先進的な取り組みをご紹介します。

資生堂:AI-QSARによる原料生分解性と安全性の即時評価

資生堂は、化粧品原料の生分解性や安全性をAIによって瞬時に評価する技術開発において業界をリードしています。同社はクリーンビューティーの観点から、環境負荷を低減するサステナブルな原料選定を重視しており、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)と連携しながら独自のAIモデルを構築しました。

特筆すべきは、「AI-QSAR(定量的構造活性相関)」と呼ばれる技術を活用した生分解性の予測です。従来、新しい成分が自然界でどのように分解されるかを確認する生分解性の評価には、実際にデータを取得するまでに約1〜2ヶ月の期間を要していました。また、評価結果が研究者の経験値に左右されやすいという課題もありました。

しかし、生分解する成分の化学構造を大量に学習させた「AI-QSAR」を用いることで、評価したい成分の化学構造式を入力するだけで、AIが自然界における生分解性のしやすさを即時に予測・評価できるようになったのです。これにより、1〜2ヶ月かかっていた工程が事実上「即時」へと短縮されました。あわせて、AIが毒性に関連する文献などを自動で抽出・識別するシステムも開発し、非動物実験時代における安全性評価の高度化と高速化を同時に実現しています。

花王:マテリアルズ・インフォマティクスを活用した化粧品処方開発の高速化

一方、花王は「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」を駆使した革新的なアプローチで注目を集めています。MIとは、機械学習や計算化学を活用し、膨大なデータから新素材や最適な配合を効率的に探索する技術です。

花王のユニークな点は、元々「触媒開発」などの異分野で培ってきた高度な高速シミュレーション技術や量子化学計算の手法を、化粧品領域へと大胆に転用している点にあります。化粧品、特にファンデーションやクリームなどの油性化粧品は、高温下での粘度変化や顔料の分散性など、求められる物性が複雑に絡み合います。従来は研究者が過去の経験を頼りに無数の試作品を作り、地道に検証と微調整を繰り返す必要がありました。

しかし花王はMIを用いることで、これらの分子構造や原料同士の相互作用をコンピューター上でシミュレーションし、実験を行う前に有望な候補をスクリーニングできるようになりました。数時間から数日かかっていた計算を短時間で幾度も実行できるようになった結果、「既存の常識では見落とされていた組み合わせ」をも発見できるようになり、最適な成分配合をAIが自動生成する道筋をつけています。

美容業界への示唆:開発サイクルが「数年」から「数ヶ月」へ

「分子生成AI」や「マテリアルズ・インフォマティクス」の導入は、単なる業務のデジタル化にとどまらず、化粧品開発のあり方そのものを根底から覆すパラダイムシフトです。

最大のインパクトは、やはり「時間」と「コスト」の劇的な圧縮にあります。これまで、新成分の探索から配合の最適化、そして安全性評価に至るまで、新しい化粧品を世に送り出すためのR&D期間は、数年単位でかかるのが常識でした。しかし、AIによって膨大な試行錯誤がシミュレーション空間で高速処理され、有望な成分のみを抽出して物理的な実験を行えるようになったことで、この開発サイクルは「数ヶ月」単位へと劇的に短縮されようとしています。試作にかかる原料費や物理的な実験コスト、廃棄物も大幅に削減され、その浮いたリソースをより革新的な基礎研究や、マーケティング戦略に投資することが可能になります。また、AIが単調な検証作業を代替することで、研究者はよりクリエイティブな商品企画や新理論の構築に専念できるようになるのも大きなメリットです。

さらに、これからのコスメメーカーの生き残り戦略において、AIの活用は「ESG(環境・社会・ガバナンス)対応」と「革新的ヒット商品の創出」を両立させる要となります。環境に配慮した生分解性の高い成分や、動物の命を犠牲にしない製品への需要は、世界中の消費者から強く求められています。AIを使えば、サステナビリティという厳しい制約条件をクリアしながらも、肌への効果が高く、使用感にも優れた画期的な新成分を、圧倒的なスピードで探索・生成することができるのです。

美容AIの主戦場がR&Dに移った今、いち早く分子生成AIなどの最先端テクノロジーを開発のインフラとして組み込めた企業こそが、次の時代のビューティー市場を牽引していくことになるでしょう。新成分発見のスピードが10倍、あるいはそれ以上に跳ね上がり、環境にも動物にも優しい革新的なコスメが次々と生まれる未来は、もうすぐそこまで来ています。


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  1. 美容AIの主戦場は「売場」から「研究室」へ――化粧品原料開発を変革する「分子生成AI」と脱・動物実験の最前線

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