近年、ウェルネス分野では競争が一段と激しくなっています。その中で、他社と同じことをするのではなく、いかに差別化を図るかが重要です。目的は、同じ内容の施術(マッサージはマッサージであるとしても)であっても、顧客が「あなたの施設を選びたい」と思う理由をつくることにあります。
では、あなたの提供するサービスが他よりも魅力的である「その理由」とは何でしょうか。この問いに答えるために、「スパ・コンセプト」という考え方がウェルネス業界で生まれました。
しかし現実には、スパの現場を知らないコンサルタントの気まぐれな提案、ホテルの物語性に調和しない施術者たちの突飛なアイデア、過度に自己主張の強いコスメブランド、そして頻発する収益性への理解不足など、こうした要因が重なり、「ウェルネス・コンセプト」は戦略的要素として軽視されがちです。
では実際のところ、どうすれば強く一貫したスパ・コンセプトと収益性を両立できるのでしょうか。

Anne-Charlotte Lallement氏(Profil Spa共同創設者/マネジメント専門コンサルタント)
このテーマについて、私はProfil Spaの共同創設者であり、マネジメントの専門コンサルタントであるAnne-Charlotte Lallement氏とじっくり意見を交わしました。彼女は、15年以上にわたり独自のホリスティックケアを開発してきたHéloïse Desvaux氏と提携しています。二人は共同で、ウェルネス施設の可能性を最大限に引き出すためのコンサルティングおよび研修機関「Profil Spa」を設立しました。
スパ経営における世界観づくりと顧客体験の関係性

スパ・コンセプトとは、その施設の「DNA」と言えます。それは、施設の価値観と歴史が顧客体験のあらゆる段階に反映されていること、雰囲気・サービス内容・コミュニケーション・スタッフの動きまでが一貫していることを意味します。
簡単に言えば、スパ・コンセプトとは「シナリオ」「舞台」「登場人物」が調和して構成された世界観なのです。
「形式」と「中身」のバランスが差を生む
これまでに、都市型施設やホテル内施設など、さまざまなウェルネス施設を訪れる機会がありました。いずれも魅力的なコンセプトを掲げていましたが、実際には「中身」と「見た目」の間に明らかな不均衡があり、それが差別化を阻み、顧客満足度にも影響していました。
よくある失敗例
例えば、最近体験した「エコ・コンセプト」を掲げた施設があります。ブランドイメージや設備は整っていましたが、顧客導線がまったく設計されておらず、コンセプトを生かす工夫も見られません。来訪者は自ら施設を探りながら体験を進めるしかなく、「自然を感じる場所」というメッセージが一方通行のまま終わっていました。結果として、来客数は減少し、リピート客は少なく、不満の声が目立つようになっています。
一方で、先日訪れた5つ星ホテルの施設では、経験豊富な専門スタッフがきめ細やかなサービスを提供していました。しかし、その施設にも明確なアイデンティティが欠けていました。知名度のあるブランドと提携してはいるものの、設備や付帯サービスが十分でなく、高額な料金を正当化できていません。その結果、こちらも同様に顧客満足度を得られず、継続的な集客にはつながっていませんでした。
独自の世界観がスパの価値を高める理由

今日のウェルネス施設には、「テーマ」「ビジュアル・アイデンティティ」「独自のストーリー性」「明確に設計された顧客体験」が欠かせません。白い壁やバリ風の置物だけでは、もはや顧客の心を惹きつけることはできません。現代の利用者は、世界観そのものに魅力を感じるのです。
ウェルネスとは、何千年も続く人間の知恵であり、そこから新たな発想を得ることができます。歴史、自然、文化、地理など、あらゆる要素がインスピレーションの源になります。だからこそ、恐れずに挑戦し、独自の世界観を築くことが大切です。
大きな投資がなくてもできること
「スパ・コンセプトづくりは資金力のあるホテルだけの話」と考える人がいますが、それは誤解です。創造力は誰にでもあり、都市型の独立施設でも十分に差別化することが可能です。身近な素材や既存の設備を工夫して、低コストで雰囲気を演出できます。
顧客体験の質は予算よりも、スタッフの関わり方や体験前後の丁寧なフォローによって決まります。例えば、オリジナルのメール配信などは効果的です。また、紙媒体やデジタル媒体においてブランドイメージを統一できるマーケティングツールも、現在では無料で利用できるものが多くあります。
つまり、真のスパ・コンセプトは、どの施設でも実現できるのです。
物語と体験でブランド価値を高めるスパの実践例
出張で施術を行うセラピストのコンセプト構築を支援した事例があります。店舗を持たず、限られた予算の中でありながら、物語性のある体験を提供し、強い個性を確立しました。
「オリエント急行の旅」という発想
このプロジェクトのテーマは、活動特性──移動、上質なケア、そして「旅」──を融合させることでした。「オリエント急行」から着想を得て、顧客のもとへ移動する「ウェルネス列車」を構想しました。施術のひととき、顧客は世界のどこかへ旅をしているかのような体験を得ます。
装飾
実際の列車の雰囲気を再現するため、施術用具を入れるビンテージのトランク、小さなランタン、テーマカラーのリネン、木製のステップなどを活用しました。
音楽
施術前の準備中には「駅の出発音」が流れ、その後は目的地をイメージした音楽へと変化します。音の演出によって、顧客は自然と物語の世界に引き込まれます。
メニュー構成
紙とデジタル両方で作成した施術メニューは、旅の航海日誌のようなデザインに仕上げました。技術的な説明に加え、鉄道の旅情を感じさせる語り口で、上質な世界観を体現しています。
このように、限られた資金でも「体験」「物語」「世界観」を融合させることで、印象に残るブランドを築くことができるのです。
「体験」を完成させる細部の工夫
コミュニケーション
顧客へのフォローメールには「タイプライター風フォント」を採用し、オリエント急行の古い乗車券をモチーフにした「ギフトチケット」も制作しました。デザインの一つひとつに、物語の世界観を感じさせる工夫が施されています。
販売体験
施術後に香りをまとわせる演出として、アンティーク調のポンプ式香水ボトルを使用しました。こうしたアイテム選びが、非日常感を生み出しています。
予約体験
顧客が予約を入れると、まるで「旅の予約完了メール」が届いたかのような確認メッセージが送られます。その後も「出発前日」までに何度か連絡があり、旅支度をしているようなワクワク感が続きます。
こうして顧客は「旅の乗客」となり、日常を離れた体験の魔法に包まれるのです。
大掛かりな演出をする必要はありません。大切なのは「感情を動かす」こと。自分が信じる物語を細部まで丁寧に表現できれば、それだけで成功といえるのです。
真に強く、差別化されたコンセプトとは何か
本当に強いコンセプトとは、没入感を生み出すものです。ウェルネス施設は、時間や空間を超えた体験を提供できる理想的な場所です。顧客は単なる観察者ではなく、「体験の主人公」として物語の中を生きることが求められます。
たとえば「1930年代の上質なビューティーハウス」というコンセプトなら、施設の扉を開けた瞬間から、音楽・装飾・スタッフの所作まですべてがその時代にタイムスリップさせるものでなければなりません。
さらに重要なのは、技術面の確かさです。施術そのものは、顧客満足度の約30%を占める要素であり、チーム全体の技術力が高くなければ、世界観を支えることはできません。
つまり、最終的に追求すべきは「感情の揺さぶり」であり、細部を決して軽視してはならないのです。
収益を生むスパ・コンセプト構築の基本戦略

ビジネスモデルを考える
独自のコンセプトを構築するためには、ビジネスモデル・SWOT分析・ターゲット顧客の明確化が欠かせません。コンセプトづくりは自己満足のためではなく、「顧客を惹きつけ、維持し、収益を生む」ための戦略です。
ストーリーテリングを設計する
ビジネス基盤が固まったら、テーマを選び、物語を構築します。どんな世界観の中で顧客に体験してもらいたいのかを想像しながら、顧客を「主人公」、施設を「舞台」、スタッフを「語り手」として物語を書き上げます。この段階のストーリー設計によって、施設内での顧客導線や接客プロトコルも自然に形づくられます。
メニュー構成を定義する
次に重要なのは「提供内容」です。施術メニューやウェルネスプランは、ストーリーテリングの流れに沿いながら、「シグネチャーケア(象徴的な施術)」を中心に組み立てるべきです。これが利益を生み出す主要な要素となります。一般的に「まずブランドを決めてから空間をつくる」と言われますが、それには賛同しません。先に施設の世界観とビジュアルアイデンティティを構築し、その後でブランドを選ぶべきです。ブランドはコンセプトを支える存在であり、主導するものではありません。
この順序を意識すれば、施設は常に柔軟性を保ち、ターゲット顧客の変化や新たな市場ニーズにも対応できるようになります。
ウェルネス施設におけるコミュニケーションの重要性
多くの施設に見られる問題のひとつは、コンセプト自体は経営者やマネージャーには理解されているものの、販売を担う他部署のスタッフ(フロント、レストランなど)や顧客には十分に伝わっていないという点です。商品は「体験した人」にしか本当の意味で販売できません。それはホテルにおけるチームにも同じことがいえます。スタッフが施設の体験を実際に経験することが極めて重要です。
さらに、ホテル全体で「複合的な体験プラン」や「他サービスとの連携オファー」を設けることは、本来であれば当然の取り組みといえます。施設の世界観は、客室、レストラン、館内のあらゆる場所に自然に反映されるべきです。そして、外部への情報発信も戦略的である必要があります。マッサージの写真とチョコレートタルトの宣伝を交互に投稿しても、収益にはつながりません。
今の時代、顧客が求めているのは「革新的な体験」や「ストーリー性のあるプログラム」、そして「サービスの舞台裏」です。顧客は“自分を重ね、夢を見る”ことによって購買意欲を高めるのです。
なぜホテル宿泊客のうち10%しか利用しないのか
多くのホテルでは、宿泊客のうち施設を利用する割合が約10%にとどまっています。
理由は明確です。顧客の多くはすでに同様の施設を経験しており、「また同じような体験なら節約したい」と考えているのです。似たような色づかい、同じ音楽、変わらないメニュー、ありきたりな宣伝――それでは心を動かすことはできません。本来、ウェルネスとは“平板ではない”世界です。だからこそ、独自のコンセプトが重要なのです。強い世界観と新しい環境を通じて、顧客の好奇心を刺激し、新たな欲求を生み出すことができます。
さらに、宿泊予約時に同時に施術予約を組み込む仕組みを整えれば、稼働率と利用率を同時に高めることも可能です。
「コンセプト=ブランド」ではない
あるホテル経営者は「うちのコンセプトは化粧品ブランドそのものだ」と語りました。確かに、そのブランドは強力で、ビジュアル面でも完成されています。しかし、ホテル側には独自の裁量がほとんど残されていません。ブランド側が認めない限り、新たな提案や表現の自由は制限されてしまいます。
スパ運営をよく知らないホテル経営者にとって、ブランド主導のシステムは便利に見えます。専属契約を結べば、企画から販促までをブランドが担ってくれるからです。
しかし、現在の市場では「個別化」と「差別化」が求められています。ブランド任せの標準化された世界観では、顧客は新鮮さを感じません。しかも、スタッフも細かく決められた手順やマニュアルに縛られ、創造性を発揮できなくなります。
ホテルスパはブランドの代理店ではなく共創パートナーである
本来、ホテル内の施設は単なるブランドの販売拠点ではありません。 実際に私は、こうした契約形態を避けてきました。なぜなら、顧客の要望に合わせて内容を柔軟に変え、スタッフの専門性を発揮させることが、最も大切だと考えているからです。あるホテル経営者がこの問題を相談してきた際、私は「契約条件を見直すべき」と助言しました。
施設独自のアイデンティティを確立するためには、ブランド製品を使いつつも、独自のシグネチャー施術や物語性(ストーリーテリング)を打ち出す必要があります。それが、施設全体の価値を高め、顧客に選ばれる理由になるのです。
パートナーシップは「双方に利益をもたらす関係」である
理想的な協業関係とは、双方の目標達成に貢献する「ウィンウィンのパートナーシップ」です。ホテル内のウェルネス施設は、単なるブランドの販売代理ではなく、ホテルの価値を共に高める存在であるべきです。
コンセプト設計で変わるスパ経営の成果指標

施設のコンセプトは、単なる思いつきではなく「利益を生む源泉」です。希少性を追求し、明確な世界観を持つことで、特定の顧客層を引きつけ、リピーターへとつなげることができます。
収益性への影響は、次のような指標によって測定されます。
顧客獲得率(キャプチャーレート)の向上
- 戦略的なコミュニケーション施策
- 魅力的で一貫したストーリーテリング
- 明確なビジュアル・アイデンティティ
顧客満足度の向上
- 体験前後のフォロー体制
- ストーリーテリングと整合した接客プロトコル
- シグネチャーケアや専門施術を含む体系的なメニュー構成
リピート率の上昇
- 顧客ロイヤルティの強化
- 会員制プランやギフト券の販売促進
施設内での滞在時間の最適化
- 体験ゾーン(ウォーターエリア、休憩エリア、更衣室など)の設計
- 各空間が「顧客体験」を目的として設計されているか
- 施術者が常時対応しなくても体験価値が維持できる構成
- 顧客導線に沿った一貫性ある空間設計
世界観を実現するスパ・コンセプト構築のプロセス
① ビジネスモデルを再定義する
ターゲット顧客、品質基準、目的、サービス内容、広報戦略などを明確にします。これはコンセプトの「基盤」であり、方向性を見失わずに正しいアクションプランを実行するための羅針盤です。
② テーマとストーリーテリングを設定する
施設の立地、環境、目的に即した物語を構築します。顧客が「どんな世界に没入してほしいのか」を具体的に描くことで、体験の軸が定まります。
③ 商業オファーを策定する
ストーリーに沿った施術メニュー、顧客導線の設計、世界観を支える空間演出要素、そして施設のアイデンティティに連動したコミュニケーション戦略を整えます。
成功事例
たとえば、Les Cents Ciels de Boulogneは、素材選びからスタッフの衣装に至るまで徹底した世界観を構築しています。通りを歩く顧客が扉を開けた瞬間、モロッコの世界へと引き込まれるような没入感を体験できる施設です。
もう一つの例は、Varua Te Ora Polynesian Spa(ポリネシア・フランセーズのテティアロア島)です。俳優Marlon Brandoが所有していた島として知られるテティアロアは、彼の「自然と調和した理想のリゾート構想」をもとに開発されました。この施設は、その理念を受け継ぎ、AからZまで一貫してエコ・コンセプトを実践しています。まさに「地上の楽園」と呼ぶにふさわしい存在です。
