スパの収益性を確保するのは容易ではありません。週末は予約が埋まりやすい一方で、平日は稼働率を維持するのが難しい傾向があります。特にホテル併設のスパではこの問題が顕著です。そこで注目すべき革新的な発想が、外部パートナーとの協業による集客です。パートナーと連携して魅力的な特典付きプランを展開し、需要の低い時間帯に新たな顧客層を呼び込むことができるのです。
Joanna Brun氏がSpa Vendomeの責任者に就任した際、前任のマネージャーがすでにこの戦略を導入していました。つまり、外部パートナーと提携し、より多くの顧客に特別オファーを提供することで、利用の少ない時間帯に新たな収益を生み出す取り組みを始めていたのです。今回は、その経験をもとに、Maison Albar Le Vendome(5つ星ホテル)のスパ責任者であるJoanna Brun氏に話を伺いました。
ホテルスパで培われたJoanna Brun氏のホスピタリティ哲学

Joanna Brun氏(Maison Albar Le Vendomeスパ責任者)
私はまずBTS MECP(美容および化粧品分野の職業資格課程)で、ボディケア、特にマッサージの技術を学びました。2年目には、Couvent des MinimesのSpa L’Occitaneでアシスタントマネージャーとして研修を行い、ここでホテル業界への情熱が芽生えたのです。その後、Brach Parisのスパで1年半にわたりマルチスキルの施術担当者として勤務しました。この経験によって多くの可能性が広がり、私はチャンスをつかんでHôtel de CrillonのSense, A Rosewood Spaチームに加わりました。ここで実践を重ねながら技術を磨き、特にお客様の滞在全体を通じた体験価値――受付から退店まで――を重視する姿勢を強化しました。
ホテル業界への情熱
私がホテル業界に惹かれるようになったのは、Couvent des MinimesのSpa L’Occitaneでアシスタントマネージャーとして研修を行ったときでした。私にとってラグジュアリーホテルとは、常に限界を超えた体験を提供する場所であり、「非日常」を感じてもらうためにあらゆるディテールにこだわる世界です。
それは、客室清掃からレストラン、バトラー、フロント、そしてウェルネス施設に至るまで、全ての部門が連携し、ゲストの夢を形にする総合的な体験でもあります。最も大切なのは、ゲストの心に残る繊細な気配りです。一見些細に思える行動でも、その一つひとつが感動を生み出すきっかけになるのです。
サロン・スパ業界の人材確保と利益維持の難しさ
私がマネージャーとして経験してきた主な課題は、次の3つです。
1. 人材採用の難しさ
週末勤務や9時から21時までという柔軟かつ体力を要する勤務条件に対応できる、情熱を持った人材が年々少なくなっています。最近では独立志向が強まり、多くの若い人材が正社員として経験を積む前にフリーランスとして働く道を選ぶ傾向があります。
2. 収益性の確保
売上を拡大し、顧客対応力を最大化することが目標ですが、人手不足によりフリーランススタッフに依存せざるを得ません。その結果、人件費が増加し、利益率が圧迫されてしまいます。
3. 集客の課題
需要が落ち込む時期への対応も課題です。多くの顧客は高級な体験を求めつつも、相応の予算を投じることには慎重で、そのバランスを取ることが難しいのが現状です。
Maison Albar Le Vendomeが提案する宿泊とウェルネスの融合体験

この施設は2021年にオープンしました。幸いなことに、開業当初から経営陣がウェルネス部門を非常に重視しており、宿泊体験の延長として位置づけています。
私は毎朝のブリーフィングに参加し、客室清掃チームやフロント、そして特にレストランLe Yakuzaと密接に連携しています。「ランチ&スパ」プランもこの協業の一環です。
現在、宿泊とウェルネスを組み合わせた宿泊パッケージは提供していません。これは、慢性的な人手不足の中で運営が難しいためですが、フロントチームによる館内案内の際には必ずこの施設を紹介しています。
割引に頼らないスパ集客戦略とラグジュアリーブランドの維持
私たちがSézameと提携したのは2023年です。それ以前にもStaycation、Hotelbreak、Beauté Privéeなどと協業してきましたが、Sézameとの連携が最も効果的でした。彼らは、4つ星・5つ星クラスの施設を厳選し、レストランやウェルネス体験を含む「1日型の高級体験」を紹介する専門プラットフォームです。掲載料金は当施設の通常料金そのままで、割引や値引きは一切ありません。そのため、ブランド価値を損なうことなく集客できるのです。
Sézameとの提携の仕組み
仕組みは非常にシンプルです。私たちの施設や各種プランがSézameのウェブサイト上に、通常料金で掲載されます。顧客は空き状況に応じて希望日を選び、事前承認(プリオーソリゼーション)手続きを行います。
ここで重要なのは、実際の料金が引き落とされるのは、施設側が顧客に連絡し、予約を確認した後だという点です。このステップを怠ると、運営面で混乱が生じる可能性があります。サイトの利用者は、割引を求める層ではなく、上質な体験を通じて新しい場所を発見したいと考える人々です。したがって、料金面での妥協なく、価値重視の顧客にリーチできます。
この提携によるメリット
この仕組みは、私たちにとって新規顧客獲得の有効な手段です。たとえ同じ施設に再訪しなくても、来館を通じてホテル全体の魅力を知ってもらうことができます。割引をしていないため、支払い能力のある顧客層が訪れていることも安心材料です。
予約が確定すると、顧客は料金を支払い、Sézameが販売金額を受け取ります。月末に、販売手数料を差し引いた金額が私たちの施設に振り込まれます。
Sézameによる発信と認知拡大
SézameはSNS、特にInstagram上での発信力が非常に強い企業です。さまざまなインフルエンサーやUGC(ユーザー生成コンテンツ)クリエイターとも積極的に連携しており、その結果、私たち自身ではリーチできない新たな層にも認知を広げてくれています。この点は、ブランド露出という観点でも非常に大きな利点です。
Sézame提携が生むリピーター顧客と直接予約への好影響
この提携を通じて、一部の顧客は再び直接私たちに連絡をくれるようになりました。彼らはSézameの仕組みよりも、直接のやり取りを好む傾向があります。
一方で、Sézame経由でのみ予約を行う顧客も少なくありません。これは、プラットフォームの使いやすさや、ウェブ上で空き状況を即座に確認できる利便性が理由です。顧客が施設に直接問い合わせる手間を省けるという点は、明らかに大きなメリットです。
体験価値で差をつけるスパの新規顧客獲得戦略

パートナーシップはあくまで手段の一つです。私は特定の時間帯に割引を設定することはしていません。その代わりに、常に「体験価値の向上」を重視しています。
新しいトリートメントメニューの導入、心配りのあるサービスの追加、特別な演出など、独自性を高める工夫を継続的に行っています。また、本社チームと協力し、「母の日」や「夏の始まり」「クリスマス」といった特定の時期には特別キャンペーンやプロモーションを展開しています。
情熱を支える人材育成と持続可能なスパ経営
人材採用は、現在業界全体で深刻な問題です。情熱をもって働ける人材を見つけることが、ますます難しくなっています。この背景には、職業教育の段階から始まる根深い課題があります。美容関連の職種は今でも十分に評価されておらず、「他の職業に合わない人が選ぶ」「比較的容易な道」といった誤ったイメージが残っています。しかし今日、心身の健康を支えるウェルネスの重要性は、これまでになく高まっています。
厳しい労働環境
また、労働環境も依然として厳しいのが現実です。施術は体力を要し、週末や祝日の勤務も多く、勤務時間は朝9時から夜9時までと長時間に及びます。
立ち仕事が1日7時間を超えることもあり、濡れたタオルやリネン類を運ぶなど重労働も伴います。さらに、温湿度が高い環境下での作業は、身体的な負担が大きいのです。
人材育成とチームづくりの実践
今年1月からは、貴重な人材を採用することができました。私はこのスタッフを大切に育て、キャリアの成長を支援しながら長期的に活躍できるよう努めています。
また、過去にBrachやCrillonで共に働いた信頼のおけるセラピストたちと、フリーランスチームを再編成しました。彼女たちは技術面だけでなく、接客対応や顧客体験の質においても信頼を置ける存在です。
加えて、経験の浅い若手人材にも積極的に投資しています。時間をかけて施術技術や顧客対応を指導し、ホテル業界特有のマナーや言葉遣い、身だしなみといった要素を学ばせることを重視しています。若い人材を「ホテルの基準に合わせて育てる」ことこそ、長期的な成功につながると考えています。
