施術準備にかかる時間が把握されていなかったり、予約の取り方が非効率だったりする「見落としポイント」が、サロンの収益性を大きく損なうことがあります。ですが朗報です。こうした問題の多くは、意識さえすれば比較的簡単に改善できます。最先端技術や新しいケアブランドへの投資を検討する前に、まずは自分の数字を見直してみましょう。
予約状況が順調でも本当に利益は出ているのか?
朝、スパに到着して一日の予定を確認します。施術予約は一日を通して適度に埋まっており、「まあ悪くはない」と感じます。毎日が同じような流れなので、月末には売上と利益もついてくるはずだと思うかもしれません。ところが実際にはそうならないのです。時間あたりの売上が伸びず、どこを改善すればよいのか見えてこないという状況が多く見られます。
この業界にも、他の分野と同じように「見えにくい落とし穴」が存在します。些細なことでありながら意外なほど影響力が大きく、放置すれば利益に深刻な打撃を与える要因です。
施術時間と稼働時間のズレがもたらす収益ロス
準備時間は請求できないコスト
誰もが経験したことのある光景です。朝9時の予約に備え、顧客には10分前の到着をお願いしています。予定では、施術開始前に少し余裕をもって準備が整うはずです。
- 8時56分:顧客が到着し、駐車に手間取ったと謝ります。あなたは「時間を節約しよう」と考え、施術室で着替えてもらうことにします。
- 9時00分:顧客を施術室に案内し、希望するメニューを確認します。事前に記入するはずだったカウンセリングシートを一緒に仕上げ、顧客を残して退出します。
- 9時15分:ようやく施術を開始。次の予約がないため、焦ることもありません。
- 10時15分:施術終了。顧客は施術室で着替えます。
- 10時25分:顧客をティーラウンジまで案内し、その後、急いで部屋の片付けに戻ります。次の予約が入っていないことに少し安堵する瞬間です。
請求した施術時間は1時間。
しかし実際に施術室とスタッフが拘束されていたのは1時間35分でした。
なぜ60分分しか売上が発生しないのか
この状況が極端に感じられるかもしれませんが、実際には多くの現場で起こっていることです。顧客の遅刻が常態化していたり、常連客を不快にさせたくないという理由で施術時間を短縮できなかったりするケースは珍しくありません。しかし、それを許容しているということは、「準備や設置にかかる時間」が請求対象外であることに気づいていないということです。つまり、スタッフと施術室が稼働しているにもかかわらず、その間には売上が発生していないのです。
先ほどの例ではまさにその状態でした。施術室を1時間30分使用していながら、売上として計上されているのは60分分だけです。この「非請求時間」は管理も評価もされず、結果として自らがそのコストを負担していることになります。
実際にどれくらいの損失か
たとえば、60分の施術を100ユーロ(税抜)で提供しているとするとします。実際の施術室稼働時間:90分 → 実質的な時間当たりの売上は100 ÷ 1.5 = 66.6ユーロ/時間(税抜)となり、この金額では、十分な利益を生み出すことができません。
これが「見えない損失」となる理由
それは、準備時間が「計算の範囲外」にあるからです。多くの場合、施術価格を設定するときには以下のような手順を踏みます。
- 1分あたりの単価を基準にする
- 実際の施術時間を掛け合わせる
- 最後に準備や片付け時間も含めた合計時間で割り戻す
つまり、その準備時間を利益に反映しておらず、結果的に売上を薄めてしまっているのです。システム上は「60分枠」として登録されていても、実際には60分分の売上を得られていません。特に施術自体が60分でも、片付けに15分を要して1時間15分の稼働になる場合、この傾向はさらに悪化します。
片付け時間=販売時間になるのか?
一部の施設では、マネージャーが施術後に商品販売を行うため、15分の準備・終了時間(例:45分の施術+15分の余裕)を設定しています。この考え方は理にかなっていますが、その5分や10分が実際にどの程度販売につながっているのかを測定する必要があります。
経験上、販売が最も効果的に行われるのは施術中です。施術の各ステップで使用する化粧品を説明し、顧客が使用感や効果を実感できたタイミングで紹介することで、施術終了時にはすでに購入意欲が高まっています。必要に応じて、受付スタッフやマネージャーが最終的な販売をサポートします。
一方、施術終了後に顧客が部屋を出たあとで販売を試みると、次の予約が遅れがちになります。つまり、販売時間を確保するために片付け時間を長く取ることは可能ですが、その場合はその時間を経営指標の中に正しく組み込むことが重要です。
改善のためのステップ
- 施術室の入室から完全な片付けまでの時間を計測し、全ての経費を含めて「1分あたりのコスト」を正確に算出する。
- その実測値に基づいて「実際の時間当たり売上」を再計算する。
- 施術メニューを再構成し、50分/80分などのフォーマットに統一して、60分/90分のように管理が煩雑な設定を避ける。
- 不要な準備時間を削減する(着替えを施術室外で行う、遅刻客の施術を延長しない、常連への特別対応を控えるなど)。
- リネン類の事前準備を徹底し、施術ごとに5〜8分短縮する。
これにより、一日の予約枠が増え、施術がスムーズに流れ、実際の時間単価と利益率が現実に即した形で整い、経営全体の健全化が図れます。
予約管理を見直してサロンの稼働率を最大化する

施術枠の組み方が悪いと失われる「取り戻せない時間」
一日のスケジュールを確認すると、「完全に埋まってはいないが悪くない」と感じることがあります。たとえば、予約状況が以下のような場合です。
- 9:30〜10:30
- 11:15〜12:15
- 13:45〜14:45
- 15:00〜16:00
- 17:15〜18:30
営業時間が9時〜19時(10時間)だとすると、すでに5時間30分が埋まっています。一見すると順調に見えますが、実際には残りの時間帯に新たな予約を入れる余地がほとんどありません。その結果、実稼働率は55%にとどまり、大幅な改善は見込めません。
これはなぜ起こるのか
顧客に予約時間の選択を委ねてしまう柔軟さが原因です。たとえば、
「10時10分と10時50分のどちらがよろしいですか?」
「11時30分が難しければ、11時40分から45分コースにしましょうか?」
このように対応することで、顧客満足度は上がるかもしれませんが、売上のコントロールを顧客に委ねていることになります。結果として、利益率を自ら下げてしまっているのです。
改善のためのポイント
- 予約を受け付ける時間の基本枠を明確に設定する。
- 1日の標準スケジュールを作り、例えば10時/11時30分/13時/14時30分/16時など固定枠で運用する。
- 受付スタッフに「最適配置(Tetris式)」での埋め方を教育し、無秩序な対応を防ぐ。
- 閑散時間を分析し、その時間帯限定のキャンペーンやメニューを導入する。
- 不要なバッファ時間を削除し、実施時間に見合った枠取りを行う。
これにより、スケジュールはより密度が高く、効率的で、スタッフの待機時間が減少します。無理に販売を増やさなくても、組織的な改善だけで利益率を高めることが可能です。
見えない時間を可視化してサロンの収益性を取り戻す
多くの場合、売上を増やすために新しい施術やテクノロジーを導入する必要はありません。「見えない時間」と「非効率なスケジューリング」という2つの落とし穴を意識するだけで、サロンの真の収益性を取り戻せます。これらは明日からでも改善可能な実践的な手段であり、利益率を向上させるだけでなく、スタッフの働きやすさにもつながります。
新たな投資を考える前に、まず自問してみてください。「自分のサロンでは、すべての分が本当に売上につながっているだろうか?」
