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CSRはコストではなくチャンス―スパを差別化する新しい価値軸

スパは本来、ウェルビーイングを目的とする施設であるため、理論的にはCSR(Responsabilité Sociétale des Entreprises=企業の社会的責任)がその中心にあるべきです。しかし実際には、ウェルネス業界におけるCSRはまだ周辺的な扱いにとどまっています。しばしば「プラスαの取り組み」として捉えられ、好意的ではあるものの、収益性を圧迫する要素として敬遠されがちです。本稿では、このパラドックスについて掘り下げていきます。

CSRの基本概念と現代経営における重要性

CSRとは、企業や団体が社会的・環境的・倫理的課題を経営や事業活動に統合するための取り組みを指します。つまり、短期的な収益性だけを追求するのではなく、人や地球、社会全体に与える影響を考慮する姿勢です。本来であれば、現代社会や地球環境の変化を踏まえ、全ての業界で議論の余地なく不可欠なテーマのはずです。しかし現実には、まだ十分に浸透していません。

ホテル・スパ業界で広がるCSRの潮流とその実践

近年、ホテル業界ではCSRの存在感が大きく高まっています。特に海外や高級志向の顧客層の期待、そして強化される環境規制を背景に、CSRは差別化の重要な要素となっています。今では入札要件や予約サイト、品質チャートなどにおいてもCSRが重視されるようになりました。では、ホテルやスパにおける具体的なCSRの実践とは何でしょうか。

スパにおけるCSRの具体的な取り組み

CSRは以下のような複数の側面で具現化できます。

環境面

  • 水とエネルギー消費の削減(特にスパでは不可欠)
  • 環境に優しい清掃製品の使用
  • フィットネスルームでのペットボトル廃止と給水機の導入
  • スパ建設時における持続可能素材の選択、自然光や自然換気を活用したエコデザイン

人間・社会面

  • 施術者の筋骨格系障害(TMS)予防のため、手動ベッドを電動ベッドへ置換するなど労働環境を改善
  • 公平な人事方針、スパチームを他部門と同等に扱う組織体制

倫理・商業面

  • 地元や責任あるサプライヤーの選択(装飾品は小規模職人から調達、施術後の軽食も地元調達を優先)
  • 価格の透明性(施術内容・所要時間の明確化、公平な価格設定。高級を理由にした不当な値上げは避ける)

さらに発展的な形としては、環境・人に負担をかけない施術を開発する「スローケア」もあります。これには以下のような工夫が含まれます。

  • 水を大量に消費する施術(入浴や洗い流しを伴うラップ)の削減
  • 必要最小限の製品・器具で構成されたシンプルなプロトコル
  • 無駄のない運用(正確な用量、再利用可能なリネンや洗浄布、大容量パッケージの導入)
  • 化粧品のパフォーマンスではなく、感覚的体験や施術者の意図に重きを置いたケア

理論的には、スパがCSRを導入しない理由は見当たりません。しかし現実には、CSRの導入は「収益性をさらに圧迫しかねない」という懸念から、十分に浸透していないのです。

CSR活動が抱える問題と限界 ― 依然として多いグリーンウォッシング

実際にはCSRはまだ「曖昧な言葉」として捉えられており、一部では形だけのエコ活動にとどまっています。例えば、リサイクル紙を使用した施術メニュー、ペットボトルの代わりに浄水器を設置、環境デーに合わせたInstagram投稿数件、といった「見せかけ」の施策にとどまることも多く、これでは効果も持続性もありません。スパマネージャーに理由を尋ねると、「コストがかかり、すでに収益性が脆弱なスパをさらに圧迫する」という回答が繰り返されます。ではCSRは、すべてのスパに取り入れられる現実的な機会なのか、それとも余裕のある施設だけの「贅沢な付加価値」なのでしょうか。

CSRがスパ経営にもたらす本質的価値とは?

より明確なポジショニング=販売力の向上

現代において、スパは「独自の価値提案(USP)」なしでは存在できません。顧客は単なるマッサージ以上の「意味・一貫性・本物のアイデンティティ」を求めています。しっかり設計されたCSR戦略は、それ自体がストーリーテリングになり得るのです。

顧客はもはや「きれいな場所でマッサージを受ける」ためだけに来るのではありません。価値観を体現する場所で、倫理的に構成された施術メニューと感覚的な世界観に触れるために訪れるのです。このような体験は記憶に残りやすく、価格設定にも正当性を持たせやすくなります。

採用における魅力の向上

スパ業界のプロフェッショナルなら誰もが知っている通り、2025年の今、優秀な施術者を採用するには、給与や休憩室、残業代の保証だけでは十分ではありません。CSRを軸に据えたスパは、働く場所としての魅力を大きく高め、リクルート力を強化できるのです。

価値観が採用の基準に

多くの応募者にとって価値観は就職先を選ぶ重要な要素となっており、その中でもCSRが最も大きな基準の一つです。明確なCSR方針を持つことは、チームの安定性を高める直接的な要因になります。離職率が下がれば、隠れたコストの削減や人間関係の摩擦減少、サービス品質の向上につながり、最終的には収益増加へと結びつきます。

中期的なコスト最適化

スパにCSRを導入すると固定費が増大するのではないかという懸念は根強くあります。しかし、戦略的に取り入れればむしろコスト削減につながる分野もあります。

  • 水や電力の消費量
  • リネンの回転率
  • 施術用製品の無駄
  • 煩雑なメニュー構成

さらに、CSRの価値観を基盤にした体験を提供すれば、より意味のある販売ストーリーを構築でき、結果的に顧客単価の向上にもつながります。

CSRを収益成長につなげるスパ運営の3つの鍵

1. 設計段階から組み込む

新規開業やリノベーションの際には、初期段階からCSRを意識することが重要です。

  • 持続可能な素材選択
  • 自然的またはバイオフィリックな空間デザイン
  • 軽食や備品のローカル調達
  • 一貫性のあるチャートに基づくメニュー構築

最初から設計すれば追加コストは発生しませんが、後付けで「つぎはぎ」的に導入すれば収益化は難しくなります。

2. 規模とビジネスモデルに合わせて調整する

3室の小規模スパが5つ星リゾートを模倣する必要はありません。その規模に合った、効果的で分かりやすい取り組みが可能です。

  • 倫理的ブランドとの地域提携
  • 施術1回ごとに2ユーロを寄付する「連帯ケア」
  • 印刷物を減らし、QRコードを活用した顧客導線
  • エコアドバイスを組み込んだデジタル化されたアフターケア

大切なのは予算規模ではなく、アプローチの一貫性と実行力です。

3. 適切な指標で効果を測定する

CSRの具体的な成果を示すためには、各アクションに対応する指標を設定する必要があります。例えば、

  • 倫理的製品のリテール売上の推移
  • シグネチャーケア後のリピート率
  • CSRの側面に対する顧客フィードバック
  • CSR型人事導入後のスタッフ定着率
  • 「スローケア」や「持続可能な感覚ケア」の新メニュー稼働率

これらのデータがあれば、提供内容を進化させるとともに、経営陣や投資家にCSRの実効性を示すことができます。

CSRは成長の鍵となる経営戦略

スパの規模に関係なく、CSRは「負担」ではなく「機会」であると確信すべきです。それはより強い体験を生み、安定したチームを形成し、差別化されたブランドアイデンティティを築くものです。短期的に利益を生みにくいのは事実ですが、適切に考え抜かれたCSRは、競争の激しい市場においてスパを際立たせる要素となります。

したがって本当の問いは「CSRはスパにとって収益性があるか?」ではなく、「戦略にCSRを取り入れないことで、いまどれほどのコストを支払っているのか?」なのです。

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FLORENCE KOWALSKI

FLORENCE KOWALSKI

ウェルネス・コンサルタント

フランス雑誌「Les Nouvelles Esthétiques」の寄稿者であり、ウェルネス分野のコンサルタントとして活躍しています。ウェルネスやコスメティクス分野のウェブ記事編集者でもあり、美容分野でCAP資格やBTS資格を取得後、ホテルスパ業界の発展を目指してマーケティングと経営のコンサルタント会社「Spaboosting」を設立しました。顧客エクスペリエンスの向上や収益性の確保を目的とした手法を開発し、スパ収益性のエキスパートとして高く評価されています。

  1. CSRはコストではなくチャンス―スパを差別化する新しい価値軸

  2. サロンの収益性を高める鍵は「見えない時間」の管理にある

  3. ウェルネス施設の収益を高めるコンセプト戦略 顧客を惹きつける体験設計の新基準

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