パレスホテルは、それ自体がひとつの独立した世界といえます。そして、その中でスパのディレクターになることは、従来のスパマネージャーの役割とはまったく異なる次元の仕事です。顧客の要求は極限まで高まり、多様なバックグラウンドを持つ多数のスタッフをマネジメントしなければなりません。さらに、勤務時間は長時間に及び、現場のオペレーションとプロジェクトマネジメントの両立を求められます。トップマネジメントからの期待も大きく、その役割は容易なものではありません。
忘れてはならないのは、スパのディレクターには、宿泊やレストラン部門が伝統的にスパよりも「戦略的」とみなされている経営委員会の中で、自らの立ち位置を確立する必要があることです。
私は幸運にも、キャリアを通じてラグジュアリー分野のスパで活躍し、パリのLutetia*****ホテルのスパディレクターを2年間務めたFrédérique Toulzeと話す機会を得ました。彼女は、このポジションにおける課題や困難を共有してくれるとともに、スパを率いるために求められる資質をどう身につけるか、その具体的なアドバイスを教えてくれました。これらは、4つ星・5つ星ホテルのスパ運営とパレスホテルにおけるスパ運営の間に存在する大きな違いを浮き彫りにするものです。
美とウェルネス業界で築くキャリアの出発点
Frédérique Toulze氏
CAP取得後、私は1991年にパリのAquaboulevardにある首都初の都市型スパで、タラソセラピストとしてキャリアをスタートしました。この最初の経験は6年間続き、さらに学びたいという意欲を育みました。その後、BPを取得し、Vodder式リンパドレナージュとマッサージを専門としました。次に、パリでキャビンチーフとして勤務し、パラファーマシーの上階に1,000㎡のウェルネススペースを立ち上げるプロジェクトに参加しました。この経験を通じて、販売やカウンセリングに関する確かなスキルを得ることができました。
ラグジュアリーの世界での第一歩
冒険心に導かれ、1998年にカリブ海へ渡り、3年間勤務しました。最初はセラピスト兼マッサージ施術者として、次にOrient-Expressグループのスパマネージャーとして働きました。これが私にとって初めてのラグジュアリーホテルでの体験であり、ウェルネスに対する見識を深め、英語を上達させ、ハイエンドな環境でのマネジメントを学ぶ貴重な機会となりました。2002年2月にパリへ戻った後、Four Seasons Hôtel George Vのチームに加わり、16年以上にわたってシニアセラピスト兼マッサージ施術者を務めました。この年月の間に、施術と顧客サービスの両面で絶えずスキルを磨きました。LQA基準に基づく業務を通じて、George V Hotelにおいて「Outstanding Employee」を2度受賞することができました。
学び続ける姿勢
この時期に私は、BTS Esthétiqueを取得し、「Meilleur Ouvrier de France」コンクールに2度ファイナリストとして参加しました。また、がん患者を支援するAssociation Belle et Bienで10年間ボランティアを続け、同時に2人の子どもを育てました。
HyattからLutetiaへ広がるスパディレクションの実務経験
新たな挑戦を求め、Hyatt Regency ChantillyのSpa & Wellnessのディレクションを担当しました。プレオープンからオープン、そして運営までを統括し、1,500㎡の施設コンセプトを一から構築しました。非常に充実した経験であり、同時にCovidの影響により、お客様とスタッフの安全を確保するために業務の再構築を迫られました。
その後、Hôtel Lutetia内のSpa Akashaを率い、20名のスタッフ、10名のフリーランス、200名以上の会員を管理しました。2年の在任を経て、自分自身を再考し、マネジメントや自己成長のスキルをさらに深めたいと感じました。そして2023年12月に職を辞し、大人教育トレーナー資格(RNCP FPA)の研修に参加する決断をしました。知識を伝え、プロフェッショナルの成長を支援することを目指しています。
ブログとポッドキャストによる美容業界とホテル業界への発信活動
2025年1月からは、自身のブログ(opus-strategie.com)とポッドキャストの制作に取り組んでいます。これらを通じて、自身の経験を発信し、ウェルネスとホスピタリティ業界の課題について語り合い、私と同じようにこの分野で進化と挑戦を続けたいと願う専門家たちを支援したいと考えています。
Lutetiaでのスパディレクションに学ぶメンバーシップ運営の重要性
Hyatt Regency Chantillyでのプレオープンと運営の経験を経て、Lutetiaでの役職は新たな挑戦でした。最初に強く感じた違いは「メンバーシップ」の重要性です。Lutetiaでは、スパの活動の大部分が会員顧客に依存しており、Chantillyでは地元や観光客が中心でした。これはマネジメントと顧客体験のダイナミクスを大きく変えるものでした。
メンバーシップを管理するとは、長期的な関係を築き、顧客を維持し、サービスを個別に最適化し、施設を熟知した顧客の期待を常に先回りすることを意味します。
パレスにおける「卓越性」は常識
パレスホテルのスパ運営では、さらに徹底したサービスと細部へのこだわりが求められます。より高い基準と、あらゆる接点における配慮が必要とされ、卓越性が当たり前とされる環境です。スタッフ一人ひとりがホテルのDNAを体現しなければなりません。
この移行を通じて、私は超個別化されたサービスに対する視点を一層深め(George Vでセラピストとして働いていた時とは異なり、今回はディレクターという立場から)、マネジメントと顧客体験における戦略的なアプローチを磨くことができました。
戦略的な予算運営
もうひとつ重要な点は、財務と運営のマネジメントです。予算上の課題は一層戦略的になります。高額な人件費、ラグジュアリー製品、ハイエンド設備の維持費、フリーランス契約などを管理しつつ、収益性を最大化しなければなりません。
私は財務部門の同僚からサポートを受けながら取り組みましたが、非常に大きな課題でした。売上高、稼働率、平均客単価といったKPIの管理は、より精緻かつ迅速な対応が求められ、事業運営のあらゆる側面を最適化するために詳細な分析が不可欠でした。
パレスホテルのスパ顧客が求める体験と期待の本質
パレスホテルのスパ顧客を特徴づけるのは、彼らのニーズや希望を本人が言葉にする前に察知し、先回りして応える必要があるという点です。これが常に自らを省みる姿勢を求める理由となっています。特にスパにおいて(そしてパレスホテルのスパであればなおさら)、対象となるのは「ウェルビーイング」「心身の解放」「現実からの切り離し」といった非常に繊細で親密な領域だからです。
顧客の期待
パレスホテルのスパ顧客が求めるのは、卓越性と独自性です。ただし、それは施術の技術面に限られるものではありません。もちろん、顧客は高度な技術を駆使した完璧なマッサージやフェイシャル、製品の知識と効果の把握、衛生面で完璧に整えられた施設を期待します。しかし何よりも求めているのは、感覚的かつ感情的な体験です。自分だけの特別な時間を持ち、唯一無二の存在として扱われ、ほとんど目に見えないほどの細やかな配慮を受けることです。これには極めて高い水準のサービスが不可欠です。
顧客層によって期待は異なります。ある顧客は、キャビンの温度、オイルの質感、マッサージの圧、香りの雰囲気など、細部に強いこだわりを持ち、常に調整を求めるかもしれません。一方で、何も言わなくても自然にすべてが進んでいくような直感的なアプローチを好む顧客もいます。
適応力と感情知能
最初の接点から、あらゆるやり取りは流れるように、ほとんど直感的でなければなりません。顧客のサインを読み取り、常に適応し、言葉にされない意図を理解する力が必要です。多くを語らない顧客は沈黙と慎ましさを望んでいる場合があり、逆に軽い会話を楽しむ顧客もいます。したがって、適応力と感情知能はパレスにおいて不可欠の資質であり、人間性こそが私たちの仕事の核心なのです。
チップについて
率直に言えば、もうひとつの特徴はチップです。これは顧客や文化によって大きく異なります。アメリカや中東の顧客は特に寛大で、この形で満足を示すことが多い一方で、例外なく優れたサービスを提供されるのは当然のことだと考え、何も残さない顧客もいます(その代わりに抱きしめて感謝を伝えることもあります)。
いずれにせよ、施術者にとって真の報酬は「リピート」です。顧客が再訪し、特定のスタッフを指名し、スパを推奨してくれることが、体験が成功した証なのです。スパディレクターとして私は、この考え方をチームに伝えるよう努めてきました。
また、SNSでの顧客レビューやコメントも、施術者やスパのマネジメント、さらにはホテル全体にとって努力の大きな成果となります。パレスホテルが目指すのはまさにこの高い評価と知名度です。
パレスホテルのスパマネジメントに必要な多職種チームの統括力
スパのスタッフ構成は、5つ星ホテルでもパレスホテルでも多岐にわたります。施術スタッフ、美容専門家、ライフガード、フィットネスコーチ、レセプショニスト、美容師、アシスタント、技術スタッフ、さらにはオステオパスやナチュロパスなどのウェルネス専門家まで、正社員やフリーランスを含めて幅広い職種が関わります。それぞれ専門性や期待、働き方が異なるため、チームマネジメントは複雑になりますが、その分非常に学びの多い環境となります。
職種ごとのマネジメント
最初の課題は、それぞれの職種に適したマネジメントを行うことです。
セラピストや美容専門家は、顧客と感情的・感覚的な関わりを持つ仕事です。厳密な基準や精緻な手技に基づいて育成されていますが、質を保つためには十分な休息時間も必要です。
コーチやライフガードは、より活動的でエネルギッシュに顧客と関わり、長期的な関係を築きます。
アシスタントスタッフは、ともすれば過小評価されがちですが、スパを清潔に保ち、快適な環境を維持する重要な役割を担っています。顧客満足のために欠かせない存在です。
チームの結束こそが鍵
こうした多職種が共に働く環境では、チームの結束が何より大切です。受付が予約をうまく処理できなければ施術者に影響し、施術者が時間を守らなければ受付や運営に支障を与えます。ライフガードがプールを準備しなければ顧客体験を損ないますし、アシスタントが水回りやリネンを徹底管理できなければ顧客はスパやホテルの責任者に直接不満を訴えるでしょう。したがって、円滑なコミュニケーションと定期的な交流が必須です。
会議と研修
効果的なのは、横断的な会議や「職場体験型」の研修を行うことです。例えば、コーチやライフガードに施術プロトコルを体験してもらい、逆にセラピストに身体準備や筋肉回復の基本を学んでもらうことです。これにより相互理解が深まり、販売力やチームワークの向上につながります。
私はKalon Barre(カーディオ、フィットネス、クラシックバレエを組み合わせたトレーニング)のセッションをチームのために企画しました。新しい体験をメンバーに知ってもらい、会員顧客に提供する準備をするためです。結果としてチームは楽しみながら一体感を高め、その後は自信を持って販売できるようになりました。
参加型マネジメントの推進
もちろん、多職種である以上、役割の重要性に対する認識の違いから誤解や摩擦が生じることもあります。これは5つ星でもパレスでも変わりません。しかし、すべてのスタッフが自分の仕事の価値を理解し、それが顧客体験全体にどのように影響するかを知れば、自然に調和が生まれます。結局のところ、全員が共通して追求しているのは卓越性とウェルビーイングへの情熱です。
私はスタッフの自主性を促す参加型マネジメントを推奨しています。プライドや不安、能力不足から生まれるマイクロマネジメントは、依存や意欲低下を招き、チームに悪影響を与えるからです。「分断して支配する」という手法は、マネージャーにもチームにも企業にも有害です。
品格と顧客対応力が求められるパレスホテルの採用
パレスホテルのスパにおける採用は、一般的な5つ星ホテル以上に厳しい基準が設けられています。ただし、同じ5つ星でも規模によって要求水準は異なります。都市部で100㎡のスパを持つ5つ星と、2,000㎡のリゾート型や国際的な5つ星ホテルを単純に比較することはできません。
ここで重要なのは、技術的スキルだけではなく、顧客対応における卓越性と品格です。高級トリートメントのプロトコルを習得していること、先進的なマッサージ技術、専門的なケア、さらには大手化粧品ブランドのプロトコルを実践できることは前提条件にすぎません。本当に差を生むのは、超高水準の顧客に対して、謙虚さと慎ましさをもって適応できる態度や姿勢です。