ホテルを目的地として確立することは、年間を通じて営業を続け、季節的な影響を受けたくないと考えるすべてのホテル経営者にとっての夢です。この目的地化を実現するための主要な手段の一つがスパです。フランスでは、この重要性を理解しているホテルはごくわずかです。多くのホテルはその必要性を感じていても、実際に行動に移すところは少ないのが現状です。
アルザス地方にある「Clos des Sources(クロ・デ・スース)」では、17年前に当時の経営者であり、Anaïs Stoeckel氏の父であるAntoine氏がこの方向転換を決断しました。その成果は確かなものでした。今回、私は父娘お二人とお話しする機会に恵まれ、売上データやスパ運営に関するビジョン、そして成功へと導いた貴重なアドバイスを伺いました。その経験から得られた知見をもとに、年間を通して魅力的なホテルを作り上げるための最良のヒントをお伝えします。まさに必聴のマスタークラスですので、ぜひ参考にしてください。
施設の歩みと歴史
Clos des Sources の歩み
「私はAnaïs Stoeckel、34歳です。ホテルの経営を引き継いだのは2021年5月で、その前の4年間はアシスタントマネージャーを務めていました。私は現在、ホテル業界で5代目にあたります。」
Clos des Sources の歴史
Clos des Sources(クロ・デ・スース)、旧名「Le Touring Hôtel(ル・トゥーリング・オテル)」は、1925年に私の曽祖父によって建てられました。来年、この施設は創業100周年を迎えます。ホテルはアルザス地方、Thannenkirch(タンネンキルシュ)村の中心に建てられました。祖父母はコルマールにレストランも所有していたため、ホテルは季節営業で運営していました。年月が経つにつれて建物は老朽化し、営業は非常に限られた時期のみとなっていきました。1980年代に父がこの施設を買い戻す決断をしました。それから長年にわたり、父は改装を続け、2005年から2007年にかけてウェルネスエリアを新設しました。私たちはドイツに近い場所に位置しており、そこでは最も伝統的な形態のスパ文化が生活習慣の一部として根付いています。このことが家族の歴史にも大きな影響を与えました。
2005年から2011年のスパ工事
父は昔からスパが大好きで、自らの手で作ることを夢見ていました。2005年にスパ開設を決断しましたが、資金調達は非常に困難でした。そのため、スパの多くは父自身が手掛けることになりました(ショベルカーやトラックを購入して自ら造成を行い、配管や電気工事は職人を雇って対応するなど)。その結果、2005年に工事を始めてからプールエリアが稼働するまでに2年を要しました。スパ自体の完成は2011年で、これも銀行融資が不足していたため、専属の職人と共に進めた工事によるものでした。今となっては、スパは当施設にとって必要不可欠な存在です。宿泊客の99.9%がこのスパを目的に訪れており、売上面でも付随的とは言えない重要な成果をもたらしています。
スパ導入と現在の設備
現在のスパ
スパは3つのトリートメントルームで構成され、そのうち2室にはシャワーが備えられています。設備としては、フィンランド式サウナ、サナリウム、ハマム、リラクゼーションルーム、6基のジェットシャワー、フィットネスルーム、ジャグジー、そして総面積1,000㎡の屋内プールがあります。スタッフは週39時間勤務の正社員スパ施術者2名と、必要に応じて専門エージェンシーを通じて依頼する外部施術者4名で構成されています。
ホテル宿泊客は10時から23時までスパ設備を利用できます。外部利用客については、一度に最大10名までとし、時間帯は10時~14時、14時~18時、19時~23時の3枠に分けて受け入れています。
収益性と顧客構成
収益性
昨年は年間営業で税抜20万ユーロ超の売上を記録し、そのうち4万5,000ユーロがスパ入場料によるものです。これら入場料に対する変動費はほとんどありません。この20万ユーロの売上に対して、経費は7万6,000ユーロで、そのうち消耗品費は6,000ユーロ、残りは人件費と外部業者への支払いです。
エネルギーコスト(水道・暖房)を分離すると、その費用は3万9,000ユーロと算出されました。つまり、スパの入場料収入だけでこれらの運営コストを賄え、なおかつ利益を確保できています。これは純利益であり、さらにスパを目的に週末を過ごすレジャー客によって宿泊やレストラン利用で生まれる間接的なスパ関連売上は含まれていません。
私たちは館内にレストランを併設しているため、お客様が事前にテーブルを予約すれば、滞在中にホテルの外へ出る必要がありません。
客層
当ホテルの顧客層は次の通りです。
40%が近隣地域(オー=ラン県、バ=ラン県、および国境を越えたドイツ)からの来訪者
20%が広域東部地方からの来訪者
18%がスイスからの来訪者
残りはその他のフランス国内地域からの来訪者
広義で地元客といえる割合は60%に達しており、これによって毎月のスパ売上の約25%はリピーターによるものとなっています。
家族連れは少なめ
私たちは、客室数に対して適度な広さで、親しみやすい規模のウェルネスエリアを維持しています。また、子ども連れの家族は少なく、外部利用客に関しては入場を厳しく制限しています。こうした方針により、顧客の不満が生じにくく、高い満足度を維持できています。その結果、リピーターの確保と新規顧客の獲得の双方に良い影響を与えています。
ビジネス客の存在
平日には、長年の常連であるビジネス客を多く迎えています。彼らは「ソワレ・エタップ(夕食付き宿泊プラン)」で訪れ、夕食後にプールでくつろげることを喜んでいます。また、この顧客層は祝祭シーズンにギフト券を購入することも多く、その後、家族と休暇を過ごすプライベートな滞在で再訪してくれます。
貴重なセミナー利用
平日の稼働率向上のため、セミナー利用も受け入れています。ただし、1日あたりのグループ人数は15〜20名を上限とし、仕事終わりにスパを利用する際も「公共プール化」しないよう配慮しています。このタイプのスパで最大のリスクは、利用者が「 municipal(公共施設)」のように感じてしまうことです。そうなると、再訪は望めません。
文化差への対応とウェルネスオファー
ドイツ式スパとフランス式スパ
私たちはウェルネス文化の根付いたドイツに近接しています。その中で最も文化的な違いが大きいのが、サウナやハマムでの「裸の利用」に関する習慣です。この慣習は、当地方出身者を除き、フランス人には受け入れられにくい場合があります。
当ホテルでは衛生上の理由から、サウナやハマムは「テキスタイルなし」を原則としています。つまり水着は禁止ですが、タオルの着用は可能です。それでも月に2〜3件、水着なしには同意しても、完全に裸の利用者と隣り合うことに抵抗を感じるという苦情が寄せられます。
私たちはこの点について、ウェブサイトや予約確認メール、問い合わせへの回答などで明確に説明しています。高温環境下のサウナやハマムでは、水着は細菌の温床となりやすく、シャワーでも人間の皮膚ほど清潔に洗えないことから、水着禁止は衛生的に大きな利点があると説明しています。しかし、これは文化的要因が大きく、納得してもらえる場合もあれば、そうでない場合もあります。特定の時期には、この習慣に慣れているスイスやドイツの利用者と、慣れていないフランス人利用者との間で共存が難しくなることもありますが、それはあくまで一時的な現象にとどまります。
ウェルネスオファーの販売
当施設では、宿泊客に限り、プールとスパを無料で利用できます。プールは午前7時から午後11時まで、サウナなどの施設は午前10時から午後10時まで開放しています。外部利用客には、午前・午後・夜間または終日利用のパッケージを用意し、ランチやマッサージ、またはその両方を組み合わせたプラン、あるいは平日限定のシンプルな入場プランを提供しています。私たちの目標は、スパをきっかけにレストランや宿泊の売上を伸ばすことですが、現時点ではスパ利用に宿泊や食事を必須条件とはしていません。
施術に関しては、事前案内メール、予約時、現地での販売、パッケージや特別オファーなど、あらゆるタイミングで提案しています。施術スタッフが1時間空いてしまうことは利益面で大きな損失になるため、この点については非常に積極的かつ迅速に対応しています。
価格戦略・広報・業界課題
商業方針
私たちは料金設定やプロモーションの調整に非常に柔軟です。宿泊料金は時期や需要に応じて6種類を設定しています。さらに、宿泊・レストラン・ドリンク・施術を含むパッケージに限って割引を行うこともあります。また、直前割引の施術プラン、SNSでの特別オファー、認知度向上のための懸賞企画も積極的に展開しています。外部パートナーとして、Dein Deal や Hotelcard とも提携しています。
料金は時期によって倍近く変動することもあり、外部利用客向けスパ入場料の割引はあまり頻繁には行いません。ただし、閑散期に集客を促すためには必要だと考えています。ホテルコンサルタントのChristopher Terleski(クリストファー・テルレスキ)氏はこう言いました。「レストランの椅子とマッサージ台には常に人を座らせなければならない。そのためなら客室料金に大幅な割引をしてもよい」と。私たちはこの助言を取り入れつつ、常にバランスを保つようにしています。割引や特典が常態化すれば、顧客が正規料金(事業モデルの基礎となる適正価格)を受け入れなくなる恐れがあるためです。なお、当ホテルではプロモーションのために事前に料金を引き上げるようなことはしていません。
コミュニケーション
スパは今や当施設の中核です。ホテルもレストランもスパによって成り立っているということは、私たちのDNAに刻まれています。そのため、あらゆる広報手段で常にスパを前面に押し出しています。ラジオ広告でもホテルの宣伝をする際はスパを強調し、ウェブサイトやSNSの写真は定期的に更新しています。また、FacebookやInstagramでの懸賞企画でデイスパ利用券を提供し、新規顧客獲得の仕組みを組み込んでいます。
重要なのは、商品が好調だからといって発信を怠らないことです。常に情報発信を続け、新しい顧客を開拓し続ける必要があります。
フランスでスパ導入が敬遠される背景と業界の課題
スパは多くのホテル経営者から敬遠されがちです。その最大の理由は、銀行や政府からの資金的支援の不足だと私は考えています。父もスパ開設時にその壁に直面し、多くの工事を自ら行わざるを得ませんでした。補助金は少なく、特に現在は銀行もこの分野への投資には慎重です。
しかし、今やホテル選びにおいてスパの有無を重視する顧客は非常に多く、これがないとAirbnbや簡易宿泊施設に流れてしまいます。ドイツやオーストリアのようなスパ先進国では、20年から50年の長期ローンが組めますが、フランスでは運が良くても10〜15年が限度で、しかも高金利です。フランスは、スパ事業が投資回収に時間がかかること、そしてホテル業を守るための最良の手段であることを忘れているのです。
今後、観光地や雪の確実なスキーリゾートなど、立地自体が強い集客力を持つ場所を除けば、スパのないホテルは生き残れなくなるでしょう。
現在では同じスパを作ることは難しい
私は、スパを導入することに慎重なホテル経営者の気持ちも理解できます。それは非常に大きなリスクを伴い、巨額の投資が必要だからです。私たちがスパを作ることができたのは、タイミングが良かったからです。しかし、今同じ施設を建設しようとすれば、当時の3倍のコストがかかり、おそらく実現は難しいでしょう。さらに、従業員数の増加を伴うため、人件費の高いフランスでは経営負担や複雑化の要因にもなります。
また、水に関わる施設は特に維持管理が難しいという重要な課題があります。スパの華やかなイメージとは裏腹に、設備が故障したり老朽化したりすると、すぐに顧客から否定的なフィードバックが寄せられることになります。ですから、スパ導入は慎重に検討するべき決断です。しかし、それでもなお、年間を通じて集客力を高めるためには、スパが唯一の切り札であると私は考えています。
ホテルスパ運営のための実践的アドバイス
スパ巡りをすること
できるだけ多くのスパを訪れ、それぞれのホテルで良い点と悪い点を聞き出しましょう。
設備の導入先・ブランド選び
スパやプール設備の施工業者やブランドについてしっかり調べましょう。必ずしも最安を選ぶ必要はなく、むしろ技術力が高く、対応が迅速な業者を選ぶべきです。故障時に修理対応が遅れると、顧客の不満が高まりやすくなります。私たちはドイツ製の専門性の高いブランドを選びました。幸運にも国境近くに位置しているため、近距離で対応できる条件を満たしています。
計画の十分な検討
設計段階で、顧客と従業員の両方の立場に立ち、施設の配置を検討してください。特に、失敗を最小限に抑えるために、専門家やエキスパートの助言を受けることが重要です。
予備部品の確保
些細な部品が欠けているだけでジャグジーが使えない、といった事態ほど残念なことはありません。可能な限り、あらゆる設備の予備部品を持つようにしましょう。また、機械の保守・メンテナンスは決して軽視してはいけません。
顧客コミュニケーションの徹底
新規顧客の獲得と既存顧客の維持、両方のために積極的な広報活動を行いましょう。特に、車で2時間圏内の地元市場を重視することが有効です。