スパ設計の出発点:コンセプトと収益性
執筆:Galya ORTEGA
スパのウェルネス提供における戦略全体は、最初に定める「コンセプト」によって方向づけられます。このコンセプトには、空間構成やインテリア設計が必ず含まれます。
スパを開設する際には、いくつか避けて通れない段階があります。まず最初に、明確に定義されたコンセプトを設定することが必要です。同時に、ケアの意図を具体化する空間設計も進めなければなりません。
ただし、どのようなコンセプトであっても決して見落としてはならない要素があります。それはスパの収益性です。これが欠けていれば、スパの運営は成り立ちません。この基盤の上に、ようやくスパの全体構成を展開することが可能となります。
インテリア設計と装飾の違い
インテリア設計を担う建築士は、いかに優れた装飾センスを持っていても、単なるデコレーターではありません。彼らは、動線や人の流れを把握し管理する能力を備えており、そのためにはスパの日常的な運営内容を細部まで理解しておく必要があります。どのようなケアを提供するのか、どのような顧客層を対象とするのか、スタッフの構成、使用機器や設備は何か、といった情報が欠かせません。
しかし、技術的な側面だけでなく、空間全体がそのスパのコンセプトを体現していなければなりません。単にコンセプトに「合わせる」のではなく、空間そのものが一種のケア体験となるように構築する必要があります。それは同時に、そのスパの創設者の「署名」―つまり、ブランドの個性や思想を示す要素ともなります。
このように、インテリア設計は単なる装飾の領域を超えて、スパにおけるセラピー体験の一部を形成します。それは、顧客の気分やリラクゼーションの深度、施術に対する印象にまで影響を与え、いわゆる「スパ体験」を構成する重要な要素となるのです。
企画段階のブリーフィング
こうした理由から、スパの創設者とインテリア建築士が、プロジェクト開始時のブリーフィングで「どのようなケアを提供するのか」という提案内容を正確に定義することが不可欠です。それによって、理想的な空間の実現が可能になります。
詩的感性を宿すアプローチ:Chafik Gasmiの哲学
Chafik Gasmi氏に、そのとき抱えていたニーズについて尋ねたところ、次のように語ってくれました(Chafik Gasmi氏は世界的に著名な建築家兼デザイナーであり、アメリカ、アフリカ、中国、中東、フランスなどでの作品は、大胆さ、現代性、詩的感性の象徴として知られています)。
「私にとって最も重要なことは、ブリーフを書かないことです。なぜなら、共創の場では創造的な側面を活性化させたいからです。論理的なアプローチばかりになると、すべての角が削られ、結局どこにでもあるようなスパになってしまいます。それでは、まったく独自性がありません。私が関心を寄せるのは、そのクリエイターが内に秘めた願望そのものです。それは、沈黙の中に、語られなかった言葉や戸惑いの中に感じ取るものであり、対面でしか得られないものです。私は、言葉そのものではなく、語られなかったことの中にプロジェクトの本質を見出します。
だからこそ、私にとって対面でのやり取りは不可欠なのです。人間は、頭脳だけで構成されているわけではありません。私自身も、脳というより、心であり、身体であり、振動そのものです。それらすべてを創造のために使い、クライアントに伝えていきます。それは、私の感受性、官能性、想像力と同様に、創作の核となるものです。
私は建築家であると同時に、まず“詩人”として創作を始めます。具体的な実施については、専門家チームが担います。プロジェクトとは、まず“詩人”によって立ち上げられ、形にされていくものなのです。クライアントが私にプロジェクトを託すとき、その核に命を吹き込む―それこそが私の役割です」
夢を現実に―プロジェクトに命を吹き込む役割
建築家は、クライアントの夢や意図に形を与える役割を担います。その過程では、創造者が抱える複数の影響を丁寧に読み解く必要があります。これはひとつの「技術」であり、建築家は単なる実行者ではありません。
再びChafik Gasmi氏に尋ねると、次のように答えてくれました。
「私はクライアントが求めていること、そしてその人のインスピレーションの源泉に寄り添います。そしてその人が本当に望むものに辿り着けるように導くのです。時には、そのプロセスの中で、一時的ながらも必要な“寄り道”を経ることもあります。本質に到達するためには、まず素材に触れる、実物を体感する、あるいは業界の参考事例を見ることが必要な場合もあるのです。私はそうした道のりを否定せず、むしろ共に歩みます。
そして、ようやく“本当の夢”が明確に形づくられたとき、その実現に全力を注ぐのです。加えて、私自身もまた、夢や提案を持ち寄ることで、クライアントの可能性をさらに引き出すことができます。理想のスパ像が共に見えてきたら、次に取り組むのは、実現可能性、事業としての持続性、そして最終的な収益性です。それらを忘れずに導くのも、私の重要な責務です」
ディレクターが語る、制約がもたらす可能性
どれほど詩的で夢に満ちた発想であっても、建築という分野は決してアマチュアの領域ではありません。そこには厳然たるルールと技術が求められます。
Ludivine de Boismenu氏とSoledad Leclerc Fenteras氏にもお話を伺いました。彼女たちは、持続可能性とシンプルさを軸に設計を行う建築事務所「Hymne」の共同ディレクターです。彼女たちは、ホテルグループからスパプロジェクトのパートナーとして高く評価されています。
「私たちはインテリア建築家として、人間中心の発想を第一に据え、顧客体験やスタッフの働きやすさを常に念頭に置いています。すべてのプロジェクトは唯一無二であり、そのたびに空間の制約を分析するところからスタートします。そして、ブランドのDNAや建物の特性に調和した独自のコンセプトを設計していきます。
制約は、創造の起点です。私たちは制約を“可能性”へと変えることを目指しています。環境に配慮した素材や、感覚を刺激しリラックスを促す要素を積極的に取り入れています。コンセプトを具現化するためには、一貫した美意識を持ったアートディレクションが欠かせません。チームとともに、協働しながら、機能的でありながらも美しく、そして唯一無二の空間を創り上げる――そこに私たちの真価があります。そうして完成した空間には、ウェルビーイングとデザインが融合し、真のリトリートの場が誕生するのです」
空間設計がスパ経営に与える経済的インパクト
建築設計は、顧客体験や運営効率に多角的な影響を与え、収益性を大きく左右する要素です。
顧客体験の最適化:動線の整備や、湿式ゾーン、施術エリア、休憩スペースといったテーマ別の空間配置により、待ち時間を減らし、サービス提供の幅を広げ、滞在時間を延ばすことが可能です。
エネルギー効率の向上
持続可能な設計:断熱材、LED照明、太陽熱暖房などのエコ仕様により、運用コストを削減します。
自然光の最大活用:自然光を多く取り入れる設計は、照明コストを抑えるだけでなく、空間全体をより落ち着いた雰囲気に仕上げます。
このように、設計そのものがスパ経営の“成功の鍵”となるのです。
差別化と集客を実現する設計―スパ経営の強力なレバレッジ
魅せる効果:他にはない独創的で印象的なデザインは、単なる内装を超えて、スパのマーケティングツールとして機能します。メディアやインフルエンサーの注目を集め、話題性を高める効果が期待できます。
シグネチャーデザイン:個性的な建築を持つスパは、その場所自体が「目的地」として認識され、訪問者数の増加に直結します。
このように、美的価値・機能性・持続可能性が融合した設計は、快適で効率的な空間を生み出し、来館者数の最大化と運営コストの最適化を実現し、結果的にスパの総合的な収益性を高めることにつながります。
スパ設計における要素の調和
空間の雰囲気
カラー、素材、照明が組み合わさることで、リラクゼーションや活力、美しさの極致、創造性、自己超越、内面との対話といった多様な状態へと誘導する雰囲気が生まれます。
スムーズな動線設計
空間はスムーズで調和の取れた動線を確保すべきです。無駄な導線や障害を取り除いた設計は、ロッカールーム、施術ルーム、バスエリアなどのゾーン間の移動を円滑にし、ストレスのない体験へとつながります。スパは集合空間でありながら、顧客一人ひとりにとっては極めてパーソナルな体験の場であるため、こうした動線設計は初期段階から十分に検討されていなければなりません。途中からプロジェクトに加わった建築家が最初に苦労するのは、この動線設計の不備です。場合によっては致命的な問題になりかねません。
感覚ゾーンの構築
噴水や水の演出、触感の異なる素材、香りの演出など、感覚を刺激する要素を取り入れることで、空間とケアのつながりがより深まります。五感―触覚、聴覚、視覚、嗅覚、味覚―をすべて刺激するように設計された空間は、顧客体験をより豊かに演出します。
自然光と人工照明のバランス:大きな窓や天窓からの自然光は、外界とのつながりを演出し、開放感と安心感をもたらします。一方で、LEDやカラフルな照明、間接的でやわらかな人工光は、より親密でリラックスした雰囲気を作り出します。照明の使い方によっては、癒しや治癒に寄与することさえあります。
防音対策(音の隔離)
スパの設計では、音の遮断が非常に重要です。顧客が心身ともにリラックスするためには、雑音が存在してはなりません。例えば、施術中に近くのフィットネスジムのマシン音や、シャワー配管の音が聞こえてしまうようでは、せっかくの静寂が台無しになります。実際にこうしたケースは少なくありません。
心身の健康を支えるデザイン
光や空気の流れを妨げない開放的な設計、運動や瞑想のためのスペースなどは、心身の健康を直接的に高める効果があります。真に完成されたスパの設計は、ホリスティックな視点―すなわち、身体・心・魂の全体性を重視した構成―を取り入れている必要があります。
スペースのつながりが生む最適化と幸福感
スパにおけるウェルビーイング・空間構成・運営効率の関係性は、非常に深く結びついています。適切に設計された空間は、顧客や従業員に物理的・心理的サポートを与え、生活の質そのものを向上させます。個々の感覚に合った環境と、集団としての機能性の両立を実現する空間は、顧客だけでなくスタッフにとっても働きやすく、幸福度の高い場となります。特にスタッフ環境の整備は見過ごされがちですが、作業効率やサービスの質を大きく左右します。施術エリア間の移動がスムーズであること、道具や設備へのアクセスが容易であることは、時間と労力の節約につながり、リソースの最適活用を可能にします。
科学と感性が融合するスパの未来デザイン
近年の科学的進展により、スパの可能性は大きく広がりつつあります。 エンドルフィンやバイオレゾナンス(生体共鳴)、神経科学など、科学によるウェルネスの内面的探求が進み、今後のスパは「ウェルネス・クリニック」へと進化していく兆しがあります。
同時に、特にアジアにおいては「原点回帰」の流れも見られます。チャクラへの深いアプローチを取り入れ、エネルギーそのものに焦点を当てるスパも登場しており、医療・ウェルネス・スピリチュアリティを融合させたいという顧客ニーズが増えているのです。こうした高度な要望に対し、クリエイターや建築家に求められるのは、野心的な理想と、事業としての収益性を両立させることです。まさに「理想と現実の狭間」に橋をかける仕事といえるでしょう。
Chafik Gasmi氏の未来ビジョン
「私にとって、スパにおけるウェルネスとは、自分自身と深くつながる内面の時間であると同時に、他者とつながる社会的な時間でもあります。このふたつは常に共存しており、今もそして未来でも変わらないはずです。スパは、生活の質をはかるひとつのバロメーターであり、人々は常に“明日はもっと良い生活を送りたい”と願っています。スパはその希望を象徴する存在なのです。
スパ体験とは、ある種の“絶対的な瞬間”、時を止めるような体験であり、それを今も未来も私たちは求め続けるでしょう。過去の建築家たちがそうしてきたように、未来の建築家も、目指す目的自体は変わらないと思います。変わるのは手段です。たとえば、3Dイメージや仮想演出を使った可視化技術などです。
ですが、人間が求めるウェルネスの本質―心と身体の安らぎを得るという根源的な欲求―は、どれほど時代が進んでも変わりません。私たちには、共通して持つ“基本的なウェルネスのニーズ”があるのです。 そしてそれを、現代の科学が明らかにしつつあります」
文化と環境に根ざしたウェルネス空間のあり方
ウェルネスとは、人間にとっての「エコロジー」とも言える存在です。それは個人のバランスを包括的にとらえるホリスティックなアプローチであり、自然環境のバランスを扱うエコロジーと非常に似た構造を持っています。ウェルネスもまた、持続可能な発展の一形態といえるでしょう。スパはその土地の環境と調和し、地域資源を尊重しながら活用することで、空間としての「エコロジー」を実現します。これはコンセプト設計においても重要な要素です。
Brigitte Dumont de Chassart氏は、フランスを拠点にしながらアジア(特にベトナム)にも活動拠点を持ち、かつてはホテル&スパブランドSix Sensesで長年にわたり活躍してきた経験を持つ人物です。彼女はスパ設計の際、現地の職人とともにプロジェクトを進めることにより、その土地に根ざした本物の空間を生み出していると語ります。
彼女の姿勢は明確です。スパとは、その土地の文化、慣習、伝統的な施術といったローカルな要素と調和しながら創られるべきものだといいます。それぞれの文化には、独自のウェルネスやリラクゼーションに対する価値観があり、それは空間設計、使用素材、色使い、演出にまで反映されます。こうした文化的アイデンティティが、より本物で深みのある体験を可能にし、ゲストの感性に沿った価値提供へとつながっていきます。
つながりを体現するスパ建築とウェルネスの哲学
生態系において動植物や気候が相互に影響し合うように、ウェルネスもまた身体・精神・環境のバランスの上に成り立っています。この三位一体のうち、どれか一つが崩れても、全体の調和が乱れてしまいます。
今日、スパ建築に携わるすべての建築家が、この「ホリスティックなエコロジー」に配慮せずにプロジェクトを進めることはできません。この考え方を早くから実践してきたのがChafik Gasmi氏です。彼は2005年に、サハラ砂漠に「Hôtel du Désert(デザートのホテル)」を創設しました。この施設は、周囲の自然と完全に調和するバイオクライマティック(生態気候的)で自立型のホテル兼スパです。自然環境やベルベル文化と融合した現代的なウェルネス体験を提供するこの施設は、彼の理念を象徴しています。こうして見ると、スパにおける建築とは、単なる構造設計ではなく、芸術の域にあるものだといえるでしょう。そこに情熱とインスピレーションを注ぐことができる建築家がいれば、空間は生命を持つのです。ウェルネス空間において、設計は「最初の施術」である―この視点は、あらゆるプロジェクトにおいて忘れてはならない前提です。