第1期対談第7回 コンプライアンスを守るーーケーススタディと共に

2015.08.1

業界展望

admin

「企業コンプライアンス(法令遵守)」――日々のビジネスにおいて避けては通れない話題だが、どれほど正しく理解できているだろうか。エステティック業におけるコンプライアンスとは何か。美容経済新聞論説委員 野嶋朗氏に、美容経済新聞編集長 花上哲太郎がインタビューを行った。

「コンプライアンス」における
“守り”と“攻め”の両面

花上:「コンプライアンス」という言葉が登場して久しいですが、エステティック業や美容業でも特に注目を浴びるようになってきました。

野嶋:そもそも、コンプライアンスには“守り”と“攻め”という両方の側面があります。リスクマネジメント、企業として反社会的行為を行わない、ダメージを可能な限り抑えたい……これが、コンプライアンスにおける“守り”の側面。一方で、法令を遵守することで“いい会社だ”と思われるようになる、人材が集まる、融資を得られやすくなる。消費者からの信頼を厚め、企業のブランド価値を高める。これが“攻め”の側面です。

花上:美容業界において、なぜいま、コンプライアンスが再注目されてきているのでしょうか。

野嶋:まず、採用が難しいという問題があります。前回(連載第6回)でもお話しましたが、高校生が進路を選択するにあたり、親や学校から反対されるという状況です。きちんとコンプライアンスを守れる会社でないと、採用時の競争力に大きな差がついてしまうのです。また働き始めたスタッフのモチベーションも大きく左右されるでしょう。また、株価を上げることで企業の価値を上げる、さらにクレーム対応にかかるコストを下げるという管理コストのコントロールという側面もあります。経営戦略を実現するための重要な手段なのです。

花上:社会からの要請も大きいようです。

野嶋:1990年代後半から、規制緩和が国家的な課題に挙げられてきました。規制緩和が実現すれば、規制に関わる行政部門が削減され、行政のスリム化が実現する。公的な機関が担ってきた役割を民間に委託されるケースが多くなり、企業はよりコンプライアンスを求められるようになったのです。

第二に、「行政の管理手法の簡素化」があります。「消費者裁判手続特例法」が、2013年12月に公布されています。訴訟の被告となるのは、消費者と直接取引する事業者。サービス事業者にとっては大問題です。訴訟が起きた時のために内部留保を溜めている会社もあるようですが、やはり問題を未然に防ぐのが最も効果的です。

第三に挙げられるのは、「社会的責任投資」。財務分析の他に、倫理や環境を守るといった社会貢献の要素を投資の基準に加えるという動きです。

第四に、SNSの発達があります。多くの人がSNSのアカウントを持つ時代にあって、不用意な書き込みなどによる情報漏洩のリスクが高まっています。これは後で詳しく述べます。

ケーススタディから学ぶ
エステティック業のコンプライアンス

花上:エステティック業におけるコンプライアンスには、どのようなものがありますか。

野嶋:まず、販売方法の問題があります。長期・継続的なサービスの提供と、これに対して高額な対価を約す取引「特定継続的役務提供」において、エステティック業は対象業種です。特定商取引法の規制対象業態として規定されています。さらに、医療や美容業、リラクゼーション業との境界が曖昧なことが多く、業態としての線引きが難しいこともあります。この二つの問題を明確にしたうえで、コンプライアンスを考える必要があります。以下に、ケーススタディを列挙します。

1)レーザー脱毛を行ったとして、エステティック経営者が逮捕された。なぜ問題なのか。

→医師免許を有しない者が、業として脱毛を行えば医師法に違反。エステティック振興協議会では、「一時的な除毛、減毛」「毛母細胞を破壊しない」「医療行為ではない」という3点を「美容ライト脱毛」として規定している。

2)お客さまと記念に撮影した写真をFacebookにアップした。

→有名・無名を問わず、無断で撮影、公開されない権利を侵している。さらに有名人の場合、財産的価値が発生する。

3)自サロンから遠いサロンのHPでいい写真を見つけたので、コピーして使用した。

→写真、小説、ロゴ、絵、音楽、キャラクター、スポーツ画像、雑誌の誌面、テレビ映像を無断で使用することは、罰金が科せられるだけでなく、刑事罰の対象にもなる。

4)“誰にでも絶対に5キロはヤセる! 究極のハンドテクニック”というコピーを使いたい。

→景品表示法に抵触、合理的根拠を問われる。セールストークとして使うのもNG。他のサービスよりも著しく優良という「優良誤認表示」、“通常●●円のところ、▲▲円”という「有利誤認」の恐れがある。

5)「どんなニキビ、吹き出物でも完全に治します」というコピーを使いたい。

→ニキビと吹き出物は医師にしか治せず、医師法に違反する。「完全に治す」のは無理であり、「優良誤認表示」と「不当表示」に当たる。“小顔矯正”“即効性と持続性”などのコピーもNG。

6)常連客から「回数券も欲しい」と言われた。

→7万円を越える場合は、「概要書面」が必ず必要になる。概要書面がない場合、永久にクーリングオフが続くことになってしまい、経営者にとっては大損害に。概要書面を書かない状態を悪用する消費者も出てきている。

7)中途解約を申し出た顧客に、「どうしてですか?」と尋ねたところ、消費者庁から注意を受けた。

→「無条件で契約を解消してよい」というのがクーリングオフ。解約手続き前に事業者側から尋ねると、解約しないよう圧力をかけられたと見なされてしまうので、理由を訊くのは控えること。行政指導の対象となり、消費生活情報件数として記録されてしまう。

8)眉やアイラインといった、アートメイクの要望を受けたのでメニューに加えた。

→アートメイクは医療行為にあたるため、医師法に違反する。刺青メイク、タトゥーも同様。

花上:“このメニューを加えてほしい”と希望を出す顧客側にも問題がある気がします。サロンは断れません。

野嶋:サロン側が知識を身につけ、自分の身を守ることが必要ですね。ここ数年、法律に関する講演のご依頼も増えてきています。取締まりを強化したいのではけっしてありません。お客さまに安心してリピートしていただくことで、サロンの経営が安定し、美容業を目指す人が増えるという、業界全体の発展に寄与したいと考えています。

 

▼この企画について
美容経済新聞では、サロン経営に携わる方に役立つ情報を常にお届けしています。2015年は、論説委員である野嶋朗氏を迎え、今後の市場の変化にいかに対応していくべきか、ヒントを探って参ります。

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